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道に迷って出会った橋。イギリス人技師が設計し1876(明治9年)に完成した煉瓦造りのアーチ橋。幅15メートルほどの三連橋は今も現役。
土手から河原に降りることができ、向こう岸まで飛び石がありますから、橋の下を多角に覗き込むことが出来ます。
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京都の南西端にある勝龍寺城。
城と言っても、幅10mにも満たない堀に囲まれた周囲300m弱の砦の様なものです。天守閣なんかありません。
とは言え京都と大坂を繋ぐ要衝にあり、応仁の乱の頃の1470年には西軍が陣を構えていました。現在も、近くを国道1号線、名神高速道路さらに東海道線と新幹線が直ぐ近くを通っています。
東・西・南を大小の川に囲まれ、北は土塁のある空堀が設けられており、防御力はあったようです。

戦国の世の1573年には、細川藤孝(後の幽斎)が信長からこの地を与え、1578年に息子・忠興の妻として盟友だった明智光秀の娘をここに迎え入れました。その娘こそ麗人と称えられた玉(後のガラシャ)。ですから、この当時、光秀は勝龍寺城に出入りしていたと思われます。まさか、その4年後、本能寺の変を起こし秀吉に敗れ、最後の砦としたこの城を出て数時間後に藪の中で命を落とすことになろうとは。

忠興と玉は、2年間、この城で過ごした後、丹後の宮津に移ります。本能寺の変の後、舅と袂を別つことになり、父と夫に挟まれることになる玉との僅かながらも穏やかな時を過ごせた場所だったのかもしれません。敷地内には二人の仲睦まじい姿の像が建てられています。

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雲の隙間から月光が琵琶湖の水面に照り返しています。この照り返しを、凡そ450年前、琵琶湖を北上する小さな舟で心細く眺めていた一行がいました。
松永久秀が足利13代将軍の義輝を殺害し、義栄を傀儡将軍として操ろうとしていた頃のことです。

久秀に対抗するため、細川藤孝(幽斎)らは、僧籍に入っていた義輝の息子を還俗させました。後の室町幕府最後の15代将軍となる足利義昭です。
義昭は、琵琶湖東南岸の矢島に滞在し上洛の機を伺っていました。
しかし久秀の攻めを知り、越前の朝倉義景を頼るため夜の闇の中、琵琶湖の北西岸にある今津を目指し舟出しました。随行する者は僅か数名だったそうです。その随行者の中に、今年のNHK大河ドラマ主人公の明智光秀がいた、とする歴史小説家がいます。
司馬遼太郎は『国盗り物語』の明智光秀の項で著しています。

しかし、私が読んだ数少ない光秀に関する小説の中には、この一行の中に光秀はでてきません。
桑田忠親の『明智光秀』では、「数人の共」とだけ。光秀主人公の小説ですから、もし同行していたなら名が出るはず。同じく光秀主人公の南條範夫『桔梗の旗風』では、この時光秀は既に義景の許。海音寺潮五郎『武将列伝』の明智光秀でも全く触れられていません。また、徳永真一郎の『浅井長政』には、この場面が出て来て義昭他、同行者6人の名が記されていますが、光秀の名はありません。

光秀がこの一行にいたとすれば、義昭を将軍にするために飛び回ったことの一つになり、面白さも感じるのですが、どうやら、いなかったという方が史実のような気がします。

さて、その舟の上で義昭が詠んだとされるのが
「よるべなき 身となりぬれば 汐ならぬ
海の面にも うめきみるかな」。

将軍になりたい野望はあるものの後ろ盾が見つからず、彷徨する身を嘆いているのでしょう。義昭自身は還俗したばかりで致し方ないにしても、頼ろうとした義景が余りにも凡庸に過ぎたのが不幸であり、それは延いては光秀の破滅に繋がったように思います(あくまでも個人の感想です)。
2020.01.24 二条城
関ヶ原の戦いの後、天下人となった徳川家康によって1603年に完成した二条城。洛中洛外図に描かれた天守閣は1750年の雷火で焼失し石垣しか残っていません。
二の丸御殿内で、歴史の教科書に載っていた大政奉還が宣言された大広間を見学しましたが、思っていたより少し狭く感じました(御殿内は撮影禁止の為
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城内には手入れされた庭園が広がり、城郭と言うより、巨大邸宅の様相です。

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2020.01.20 琵琶湖の西岸
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琵琶湖の西岸にある、カジュアルイタリアン。日中なら、目の前に広がる琵琶湖を眺めながら美味しいランチを楽しめます。夜も気軽に過ごせます。

比叡山の3合目くらいから見渡す琵琶湖。信長や光秀が北陸や東国からの侵攻に備え、重視した土地だと言うことが分かります。

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