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 中島大会から翌週の今治伯方島大会までは、今治市の「サンライズ糸山」をベースに一週間の夏休みを過ごしました。「サンライズ糸山」はしまなみ海道の今治市側の出入り口前にある宿泊施設で、サイクリングターミナルとしてもレンタサイクルが多数用意されるなど、しまなみ海道を走るサイクリストの拠点でもあります。
宿泊室は全室、瀬戸内海に面しており、部屋からは来島海峡大橋や海峡を横切る船を望むことができます。日の出から日暮れまで、時期によってはライトアップされる大橋を見あげる夜まで、一日いても飽きない景色です。一番の面白さは、時々刻々と移り変わる潮の流れを追うことです。来島海峡は全国でも有数の潮の流れの速い海峡の一つ。最も激しい時の水の流れと音は、急流の川を思わせるほどです。
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今治市内には島嶼部も合わせ、瀬戸内海に面する海水浴場が多くあります。今回泳いだのは市の南東部にある「織田が浜」。来島海峡とは打って変わって穏やかな白砂青松の続く海岸です。愛媛県東部は瀬戸内海の中で「燧灘」と呼ばれる海に面し、今治市から県東部、さらに香川県西部にかけ弓なりに湾曲しています。織田が浜では瀬戸内海に浮かぶ島の他、四国山地や香川県も望みながら泳ぐことができます。この日は8月終盤の平日だったこともあるのでしょうが、ほぼプライベートビーチ状態でした。

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他に市の北部の大角鼻(おおすみはな)にある砂浜も美しく、海峡大橋を遠くに見る海水浴場があります。

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糸山から自転車で10分足らずの所に「波止浜」地区があります。ここは小さな湾になっており今治市の重要産業の一つの造船所があります。

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波止浜から、小さな渡船で、来島、小島を経て馬島までの片道20分ほどの海峡を横切る船旅を楽しむことができます。波止浜湾内では新造・修理中の大型船、来島では村上水軍の拠点となった城跡、小島では日露戦争に備えた要塞跡、そして馬島は江戸時代に今治藩が馬を飼っていた島。潮の流れの激しい時間帯を選んで乗ると、来島海峡の歴史と自然に触れることのできる船旅です。この渡船には自転車を乗せることもできますので、しまなみ海道のサイクリングに組み込んでも面白いでしょう(馬島はしまなみ海道からエレベーターで島に降りることもできます)。

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来島の全景
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小島の全景
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小島の船着き場に自転車を置き、島の要塞跡を散策。
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中部砲台にある司令塔跡に上ると、360度、瀬戸内海が見渡せます。
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予め時間帯を調べて船に乗ると、間近に迫力ある潮流を見ることができます。
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 今治市内を始め、しまなみ海道上の島々では多くの方々に快適なサイクリングを楽しんでいただけるよう、サイクルオアシスや自転車休憩用スペースが多く設けられています。自転車スタンドが置かれ、休憩やトイレ利用は勿論のこと、空気補充や水分補給などで気安く利用できます。7月の豪雨により土砂崩れなど各所に被害がでましたが、サイクリングコースはほぼ復旧されました。秋の爽やかな空気の下、多くの方々にしまなみ海道でのサイクリングを楽しんでいただきたいと思います。

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 9月1,2日、今治伯方島トライアスロン2018が開催されました。伯方島は瀬戸内海に浮かぶ周囲30㎞ほどの、しまなみ海道上にあり本州からは5番目の島です。近年は「伯方の塩」で広く知られていますが、造船、漁業も盛んな島です。
昨年の大会は愛媛国体の協賛イベントとし行われ、その1回限りかと思っていたのですが、今年も開催が決まり3月から参加者募集が始まりました。私たちも早々にエントリーを済ませていたものの、その後の7月の豪雨で伯方島も被害を受け、夏祭りも中止になったとの情報もあり、実際に開催されるのか直前まで気に病んでいました。それでも、島の皆様や関係者の方々のご尽力もあり、無事、開催されるに至りました。

1日は開会式と前夜祭が行われました。この大会の一番の楽しみは、前夜祭で振る舞われる地元の食材を生かした手料理。今年も昨年同様、数多く並べられていました。

目の前の瀬戸内海で獲れた魚介の料理と「せんざんき」。せんざんきは、鶏のから揚げとは異なり下味のついた今治の郷土料理です。
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いぎす豆腐も今治の郷土料理です。海藻の「いぎす草」と生大豆粉を混ぜて冷やしたものです。海老や人参を混ぜることもあります。暑い夏に冷たい喉越しが絶品の健康食です。
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地元の銘菓も並んでいます。
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伯方島高校の生徒さんが太鼓演技を披露してくれました。

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2日の大会当日。レースの距離スイム1.5㎞、バイク40㎞、ラン10㎞の計51.5㎞は昨年と変わりませんが、スイムは昨年の1周750m2周回から、片道250m3往復に、ランは5km2往復から3.3k㎞3往復に変更されました。バイクは昨年同様、島中央部のトンネルのある峠越えをした後に島の西部を3周回します。前週の中島と比べますと、かなり厳しいコースです。しかも中島でも苦戦した後に発症した足の痛みもあり、前日まで出場するかどうか、判断しあぐねていました。当日朝、小走りはできる程度にまで回復し、それ以外の体調は万全でしたので、とにかく無事完走だけを目標にスタートしました。

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スイムは、35分39秒。ウエットスーツを着ての呼吸がきつく途中で立ち泳ぎや背泳ぎをしながらで泳ぎ終えました。スイムだけの順位は204位、中島をも下回る過去に例を見ない遅さでした。バイクは1時間44分17秒。2周回目後半まで自分としてはとても順調にペダルを漕ぎましたが、3周回目でエネルギー切れ。バイクだけの順位は371位、バイクフィニッシュ時点では328位でした。最後のランは足の痛みを気にしつつも1時間25分48秒で369位。ゴールタイムは3時間45分44秒、完走者393人中355位。途中棄権は27人でした。昨年よりほぼ10分遅いゴールでした。スタート前は曇り空だったのですが、バイク途中から夏の日差しが戻り、ランではかなりの暑さを感じながらのレースになりました。
レース条件は異なりますが、前週の中島と比べますと、スイムは3分遅く、12分速く、ランは10分遅い凸凹のある種目別のタイムでトータルでは2分遅いゴールでした。短い距離ながら、2週連続のレースでしたが、

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そしてゴール後の楽しみにとっておいたのは、しまなみ海道の島を中心に活動されているキッチンカー「Ties」のいちごスムージー。疲れた体に優しく沁みわたって行きました。年に1度、お会いできるかどうかのキッチンカーですが、ここの私のお気に入りは来島海峡で獲れた真鯛を揚げてパンで挟んだ「鯛カツバーガー」。サービスしていただきました。来年もまた開催されたなら、これを楽しみにゴールを目指そう、と思っています。

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 昭和61年に第1回が開催された中島大会も、第33回は平成最後の大会となりました。キヨタの年齢も20代から60代へ。なんとか休みなくスタートラインには立ち続けることができていますが、昨年はランで途中リタイア。ですから、今年は覚悟の年。と言いますのも「出続けるだけ」では自分自身のモチベーションも保てませんので、2年連続して完走できなければ終わりにしよう、と言うのが自分なりのルールです。まぁ、あくまでも自分が勝手に決めていることですから、もし2年連続で完走できなければ「3年連続」に翻ることもあるかも知れませんが。

 例年、5月に開催される東京・新島の大会がその年のオープン戦と位置づけ、そのゴールタイムに15分くらい足したのが中島のゴールタイムの目安にしています。両大会とも公表される距離は同じ(スイム1.5㎞、バイク40㎞、ラン10㎞)なのですが、何故か中島の方が時間はかかってしまいます。ところが、今年の新島大会は申し込みの先着順に漏れ出場できず、実戦なしで中島を迎えることになりました。

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 大会当日、中島らしい暑い朝を迎えました。1か月前の西日本豪雨でコース脇の土砂が崩れ、前日もコース上を関係者の方々が箒で丁寧に清掃・整備を続けておられました。本当にありがたいことです。また地元の方によると、豪雨の後は一転して水不足、猛暑も重なり島特産の蜜柑の今季の出来栄えにも良くない影響が発生しているそうです。そんな中で迎えた朝でした。前夜祭でのビールも控え、とにかく安全第一に目標は完走。

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 スイムはレンタルしたウェットスーツの、特に胸回りがきつく前日の試泳の時から深い呼吸ができませんでした。息が上がらない程度のペースで泳ぎ終えたら32分を少し超えた辺り。この大会のスイムで30分を越えたのは、第1回以来のことで既に予定より5分以上の遅れです。バイクに移る前に、この後のエネルギー切れを防ぐため、いつもより時間をかけて多めの補給。とにかく目指すは完走のみ。ところがバイクは走り出した途端に、足が回らず「やばいなぁ」。

 バイクコースは片道10㎞の2往復。1往復目を終える前から「もう止めようか。」との思いがよぎります。折り返しの2㎞位手前の所に毎年、ご自宅の前で私たち夫婦を応援して下さる中島在住の方がいらっしゃるので、せめて2往復目もそこまでは行かなければなぁ。
途中、エイドステーションでも一休み。この距離のレースではありえないこともやってしまいました。最後は、そのご自宅前で応援していただいご家族に「お待たせしました。」と声をかけやっとの思いでバイクフィニッシュ。この応援がなければバイク途中で止めていたかもしれません。

 ラン10kmスタート時で制限時間まで1時間30分ほど。のんびり歩いていては間に合いません。コースは昨年までの片道5㎞1往復から今年は片道2.5㎞2往復に変更になりました。昨年までは2.5㎞から折り返し地点までは日差しを遮る物は応援も少ないため辛いコースでしたから少しは気が楽ですが、2往復目に向かう時に諦めないことが肝心。
それでも1往復目が終わった時には残り55分ほどありましたから元気がでました。

結果は出走者339人、その内完走者は309人中で287位。制限時間16分前のゴールでした。参加者中、年齢が上から17番目であることを考えましたら、こんなものでしょうか。レベルが低いなりにも、2年連続の途中リタイアはできないとの思いがなければ今年も止めていたかも知れません。それなりの歯止めにはなったようです。取り敢えず、自己ルールに照らし合わせても、来年の新元号での最初の大会と、再来年の35回大会には申し込みはしてよいことにはなりました。

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『O toi la vie(邦題 おお 我が人生)』。シャンソンの名曲の中の一つです。
「いつの日か 小さくても 薫り高く素晴らしい夢を
 いつの日か 見つけたときは この両手に しっかり抱いて」
これは、金子由香里さんが歌う歌詞の中の一節です(私はフランス語の原詩は理解できませんが、訳詩家によって異なっているようです)。この詩で想うのは、夢にも「薫り」がある、と言う表現。

 日本にも古来より「香道」と呼ばれる芸道があり、日本人の生活には香り(薫り)は身近にあったようです。香木は、日本書紀によれば、推古天皇の御世(595年)に淡路島に流れ着いたらしいです。もともとは仏教と共に香木が焚かれるようになったそうです。仏様に供えるのはお花と燈明、そしてお香。お香は死者の魂を呼び戻すために焚かれた「反魂香(はんごんこう)」が起源のようです。平安時代になると宗教的な意味合いを離れ、香そのものを楽しむ「薫物合わせ(たきものあわせ)」として宮中に広まり武士の世になっても引き継がれ「香道」が確立されてきたようです。「香道」には「聞香(もんこう」と「組香」の二つがあり、その一つの「聞香」は香木の香を聞き鑑賞するものですが、「香を嗅ぐ」ではなく「香を聞く」と表現するのは興味深いです。香を通じてあらゆるものが語りかけてくるのを「聞き取る」との考えによるものだそうです。中西進氏によると「かおり」は「か」と「をる」からできていて、「か」は「気」、「をる」はお酒を醸造することで、気を醸し出されることが語源だそうです。香は鼻で聞くものですが、物事の真実を見極められることを「鼻がきく」というのもその辺りから来ているのでしょうか。香を聞くのは人にとって五感の中でも大切なことでしょう。と、日光の三猿を見ながら考えました。

 三猿。それは日光東照宮の神厩舎の周囲に彫られた16匹の猿の像の中の一つ。「見ざる、言わざる、聞かざる」として知られています。これらは、人間の一生を猿になぞらえており、三猿はその幼少期の象徴です。両手で目や耳、そして口を押えています。何でも吸収する幼少期に、悪いことは、見せない、言わせない、聞かせない、との教えを表しているそうです。大人の側に立っても、人の悪い所ばかり見ない、敢えて聞かない、そして悪口は言わない、との戒めのようです。

ところが鼻を押さえている猿がいません。それは香からの情報は塞ぐ必要がないからでしょうか。常に鼻だけはきかせて物事の善悪や真偽の香りを聞き分けるように、との教えでしょうか。

いつでも、どこでも、だれから聞き分けられても良いような香しい人でありたい。

これは、子の将来を見守る親猿。
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左側の二匹は、挫折して落ち込む猿を慰め元気づける猿。友情の大切さを現しているしそうです。
そして右側は挫折を乗り越えて行こうとする猿。
180659友情挫折

真ん中は青年期。空を仰いでいる猿です。
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左下は、これからの人生を考え独り立ちして行こうとする猿。
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2018.06.09 丸亀点描
井上通女(イノウエ ツウジョ)の像
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井上通女は1660年に丸亀藩士の娘として生まれ、子供の頃から詩歌に才能を発揮していたそうです。21歳で江戸に出る時の道中記『東海紀行』、江戸滞在中の『江戸日記』、そしての江戸から帰る途上のの『帰家日記』が残されています。帰郷後、丸亀藩士と結婚し三男一女をもうけ、夫の死後は著述に専念し『和歌往時集』が残されています。

『和歌往時集』に収められている、夫の墓前で詠んだ一首 
「いづくにか あまがけるらん夢にだに 見ること難き魂(たま)のゆくすゑ」

丸亀は団扇の産地でもあります。その生産量は全国の凡そ9割を占めるそうです。
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お城のふもとにある観光協会では団扇作りの実演が行われています。
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城内に昭和の頃の道具や看板が展示されています。
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丸亀駅から北にある丸亀城への途中にある商店街。地方都市のご多分に漏れずシャッターが閉まったままの店も目立ちます。
地方都市へ行った時は、全国チェーンの店やコンビニではなく地元の方が営んでいるお店で買い物をします。お店にとって何の足しになるほどでもないのですが…。

和菓子のお店。名物の「福福餅」は売り切れでした。名前も良いので食べてみたかった。
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メロンパン専門店を見つけました。何故、丸亀でメロン?数日前に、FB友達のトライアスリートが川崎から京都まで自転車で帰る途中で食べたメロンパンの投稿を読んでいましたので、ふと気になって立ち寄ってみました。
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これは別のパン屋さん。
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市内で面白看板を見つけました。
これは、一目瞭然のタバコ屋さん。
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フィリピン風バーベキューのお店。フィリピン○○は知っていますが(名前を知っているだけで、入ったことはありません。念の為)
バーベキューとは? 通りがかった時は開店前でしたので中をのぞくこともできず、謎のまま。
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こちらは何のお店か全く分かりません。ビートルズの「ジョン レノン」を準えてはいるのでしょう。
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丸亀は「骨付き鳥」で売り出そうとしているのでしょうか。至る所で見かけました。でも、焼き鳥は今治が一番ですね。
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こちらは丸亀駅から西へ二駅。JR予讃線の多度津駅。
蒸気機関車が走っていた頃の名残の給水塔と給炭塔。
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そのわきにある『構内食堂』
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これに対し、JR四国最新の丸顔特急の先頭車両。
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