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今治市大島のカレイ山頂(標高232m)から北の宮窪瀬戸を見下ろしています。向かいは伯方島。今年は9月1日に開催される今治伯方島トライアスロン大会の会場です。
「カレイ」の名の由来は、水の涸れやすい場所=枯井からきたそうです。麓から北側と南側からそれぞれ2.5㎞程の登山道があります。一応、舗装はされていますが路面状態はあまり良くありませんので自転車で登るには注意が必要です。特に北側からの道はかなり荒れていますのでお勧めできません。それでも山頂からのこの眺めは汗を掻いて上る価値は十分にあります。

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山頂には「遠見茶屋」があり、こことの魚介を使ったカレイ山のカレーライスの評判は聞いていましたので、眺めと共に楽しみにしていたのですが、営業期間は4月1日~11月30日。訪ねたのが3月31日だったため、こちらの楽しみは次回に取っておくことにしました。

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山頂から少し北東へ目を転じますと能島(ノシマ)が見えます。周囲720mの小さな島ですが、中世には村上水軍の一族、能島水軍が城を築きこの海域の制海権を持っていました。写真からもお分かりいただけるかと思いますが、狭い海峡の潮の流れは速く、天然要害の様を呈していますが、瀬戸内海運の要衝で通過する船から水先案内料(帆別銭)を取っていました。
戦国時代は、毛利氏の厳島合戦勝利にも貢献し、日本一の水軍とも評されました。しかし1585年、豊臣秀吉の四国攻めを受け島全体が炎上してしまいまいた。

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遠目で見ますと、通船の難しさが思い量られます。

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海水面から見ますと、川の流れのような潮の急流です。

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伯方島側から大島を見ています。写真左端がカレイ山。

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大島南端のしまなみ海道サイクリング路への取り付け道路から見る来島海峡大橋。私はここからの眺めが好きです。

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今治の糸山公園からの小島。ここには日露戦争に備えて築かれた要塞跡が残っています。

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桜を追う旅。普通は南から北へ向かいますが、私は東から西へ。京都の次は、いよいよしまなみ海道へ。
ここは、今治市伯方島にある開山(ヒラキヤマ)。標高149m。麓からは舗装道路で上れます。訪ねた時は桜満開の土曜日。山頂の駐車場は満杯状態で登り口で車両は停められ入場制限がされていました。そのおかげで車を気にせず、山頂からどのような景色が見えるのかを楽しみに自転車で登って行きました。地元の方によりますと、例年は麓近くから専用バスが運行されているそうですが今年はいつもより1週間ほど早く満開になったのと、この日は年度最終日のため既に予算を使い果たしてバスが用意できなかったのではないか、とのことでした。
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開山山頂付近から桜越しに見えるのは大三島(右)と伯方島を結ぶ橋。
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山頂付近は坂一面に桜が咲き誇っています。
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こちらは広島県生口島と愛媛県大三島を結ぶ「多々羅(タタラ)大橋。
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ここは伯方島北東部にある「ふるさと歴史公園」から北に見える「積善(セキゼン)山」。愛媛県上島町岩城島にあります。ここの山頂も桜の名所です。
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今治に生まれましたが、ここは観光案内でしか知りませんでした。


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加茂川沿いの桜並木越しに望む比叡山。

「加茂河の水」、「双六の賽」、「山法師(比叡山延暦寺の僧兵)」。平安時代後期の白河法皇が、わが心にかなわぬもの、と嘆いたとされる天下三不如意。
氾濫を繰り返した加茂川の水害、サイコロが出す賽の目、そして強訴を繰り返した延暦寺。法皇にしても意のままにならないものがあった。裏を返せば、それ以外の物は何でも意のままに動かせた、ということでしょうか。いつの世にも、こうした人はいるのでしょうかね。
そんな想いもしばし忘れ、京都の桜を愛でました。

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こちらの桜越しに見えるのは、五山の送り火で知られる如意ケ嶽。毎年8月16日には「大」の字が燃え上がります。以前、京都に転勤していた時、この日は曜日に関わらず全店一斉休日でした。

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桜の向こうを走り過ぎるのは「嵐電(らんでん)」。京都らしい風景を撮ろうと思ったのですが、ちょっと見えづらいですね。

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ここは京都市内北部にある大田神社の裏山です。名所でもなんでもないのですが、道に迷って踏み込んでみたら、桜と緑のコントラストが綺麗でした。

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横浜みなとみらい地区にある、帆船「日本丸」。
現役を引退し、今は博物館として往時の姿を残して船内は一般公開されています。ただ、私が訪ねた時は生憎の休館日。外部からしか見学できませんでした。それでも、桜の花越し見上げるマストは凛としていました。
ただ、優美なその船影の中には時代に翻弄された姿も見え隠れします。

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日本丸は1930年に建造された公立商船学校専用の帆船です。帆船とは言え、焼玉エンジンも設置されています。戦前は訓練航海のため南洋と日本を何度となく行き来しました。
太平洋戦争中は、石炭などの緊急物資輸送の為、瀬戸内海や大阪湾で運行されていました。ただ、終戦間際は瀬戸内海が嫌いにより封鎖されたり、燃料がなくなるなどして活動の場はなくなります。
終戦直後、1946年~49年にかけては帰還輸送の為、東南アジアとの間を行き来し、2万人以上の引揚者を運びました。さらに遺骨収集や慰霊碑建立の為の航海も続けます。
しかし、戦後の混乱も収まらないなか、今度は朝鮮戦争に駆り出されてしまいます。1950~51年に特殊輸送公開として佐世保と朝鮮半島を3往復、そして1953年の南洋での遺骨収集に従事を最後に、漸く本来の帆船の役目を取り戻すことができます。

1953年、戦後最初の遠洋航海の目的地はハワイ。米国独立記念祭に参加。その後も太平洋を何度も横断したり国際帆船レースに参加するなど50数度の遠洋航海を経て1984年に現役を引退し横浜に定住、翌年から博物館として一般公開されています。毎年春から秋にかけて29枚ある帆が広げられる「総帆展帆(そうはんてんぱん)」が行われています。

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日本近海だけでなく、世界中の海を豪華客船が運行されています。戦乱の波に飲み込まれることなく、多くの人が海の旅を楽しむことができると良いですね。

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自宅近くの鶴見川沿いの桜。個人的に「鶴見川の一本桜」と勝手に名づけています。

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順番を変更して、桜の写真を連投します。東京・横浜・京都・しまなみ海道・今治の順で、先ずはお江戸東京から。

江戸城(皇居)坂下門前の桜。歴史的には、1862年2月13日、尊攘派の水戸浪士が開国派の老中安藤信正を襲い負傷させた事件現場。
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城郭には松葉も映えます。
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二重橋前。
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千鳥ヶ淵公園の遠景です。
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右端の鯱のある建物は桜田門。坂下門外の変の2年前、井伊直弼が暗殺された現場。
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門外のすぐそばにある旧法務省庁舎。
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法務省などの官庁街の脇の日比谷公園の夜桜。
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