みなと今治

深夜2時半の今治港。当てのない徘徊…ではありません。

s_055.jpg

 漁港の朝市を見に来ました。この年齢になって初めてです。テレビなどで見るような威勢の良い声が飛び交うわけではありませんが、スポットライトを翳しながら品定めをしている仲買の方のお邪魔にならないように市場の中を回ってみました。春の瀬戸内で獲れる魚はどれも美味しいです。関東では、お品書きにも滅多にでてこないアコウの他、オコゼやカレイなど、文字通り垂涎の魚がセリにかけられていました。

s_054.jpg

s_051.jpg

s_063.jpg

s_064.jpg

s_053.jpg

s_058.jpg

その中でも、一番目についたのは太刀魚でした。その名の通り、銀色に輝く反り返った魚体は当に名刀。

s_s_056_2017051417563041d.jpg

 地元の方によると、今治も腕の良い漁業関係者の方々の高齢化が進み、後継者も不足しているとのこと。来島海峡で獲れる魚を口にできることも少なくなっていくのでしょうか。

s_052.jpg



にほんブログ村

「あ~、何てことだ」

s_037.jpg


 自転車で今治の実家を出て凡そ50㎞。しまなみ海道走行中、広島県境にある多々羅大橋を渡り生口島へ渡った所で「ガチャン」と言う音と共にペダルが空回り。「チェーンが外れたか。」と思って見たら、何とディレーラーがフレーム本体から折れて外れていた。これでは走行不能。「あ~、何てことだ。今日は朝一からついてなかったな。」

 5月2日、朝6時15分頃、上島町の『ゆめしま海道』サイクリングに向かうため今治港に着いた。今治港から上島方面行きの高速艇には自転車を乗せることができるので、ゆめしま海道サイクリングに向かうには適したルートです。乗船券売り場には始発便の出航20分前に到着、余裕で乗船できるだろう、と思っていました。ところが窓口に着いた時には既に始発便には自転車が10台乗せられており、これ以上は無理とのこと。一番乗りは5時50分頃から待っていたそうです。正月に同じ便を利用した時、自転車は私一人だけだったので、ゴールデンウィーク中とは言え狭間の平日なので、まさか乗船できないとは思ってもいませんでした。

「さてさて、どうしようか」。次に自転車を乗せられる便の出航は凡そ3時間後、それまで待ってはいられません。自転車を今治港に置いて上島町でレンタサイクルを借りる手もあります。或いは予定を変更して岡村島へ渡り『とびしま海道』を目指そうかとも思いましたが、この日の上島訪問の目的はサイクリングだけでなく、今夏、関東在住のランニング仲間と合宿で滞在する宿との打ち合わせもあったため、この日のうちに上島町の岩城島へは渡りたい思いもありました。そこで、しまなみ海道経由で生口島まで走り、そこから岩城島行きフェリーを利用することにしました。

思わぬ予定変更はありましたが天気にも恵まれて、しまなみ海道のサイクリングは順調なスタートでした。そして岩城島へのフェリー乗り場まで5㎞ほどになった所でのアクシデントでした。ここから自転車を曳いて50㎞歩いて戻る訳にもいかず、どこかに自転車を置いてバスで今治へ帰り、車で取りに戻るしかありません。結局、この日の岩城島訪問は断念しました。

ところが悪いことは続くもので、その日の夜、スマホの上に腰を落としたため画面が損傷、これもまた使い物にならなくなってしまいました。この日、二度目の「あ~、何てことだ」。

それでも楽しいこともありました。高校の同級生とのミニミニ同窓会。私も含め6人が集い、いくら時効とは言え他言できない裏話もたくさん出てきました。9月には大人数での学年会も企画されていて、今から待ち遠しい思いです。

同級生の溜まり場
1703183.jpg


にほんブログ村

『松茸石』と『杯状穴』(多岐神社/愛媛県今治市)

17012815.jpg

 今治市の南東部、旧越智郡朝倉村にあります『多岐神社』。かつては『瀧の宮』と記されていたようです。西暦860年に神階を賜って以降、数度にわたり昇格し905年に伊予の国(愛媛県)で七社ある式内社の一つとなったとのこと。国司を始め庶民の信仰を広く集めたそうです。江戸時代には今治藩の祈願所として雨乞い祈願の都度、今治藩主が参拝したとか。
 
17012813_20170408170454a7c.jpg

17012811_20170408170451be3.jpg

17012806_20170408170419c51.jpg

 神社本殿の前に流れる幅2m程の多岐川のせせらぎの音を聞きながら、森閑とした木立の中に立ちますと、身も心も洗われる思いです。

17012809_20170408170423335.jpg

17012810_2017040817044921b.jpg

17012808_20170408170421dfe.jpg

17012814_20170408170455639.jpg


 この神社は、磐座信仰の場で、境内には『松茸石』があります。その近くには『杯状穴(ハイジョウケツ)の遺構もあります。

17012807_20170408170420e7f.jpg

松茸石は陰陽石(インヨウイシ)の陽石。形の通り、男性を表しています。自然にできた石を男性に見立てることもありますが、これは人工的に手を加えられたように見えます。言い伝えによりますと、この松茸石、今治藩主の命で江戸藩邸に運ばれたところ、藩主夫人が発病。その時、この石が多岐の宮に帰りたいと願ったため、この地に戻したところ、夫人の病も治癒したとか。なかなか、意味深長な伝えですね。

 そして、そこから数十メートル離れたところにある杯状穴。こちらは陰石で女性を表しているようです。再生や不滅のシンボルとも言われ、戦場などに赴いた男性が無事帰宅するようにとの願う場所でもあったそうです。

17012812_201704081704529ec.jpg

 朝倉には古墳群やこの様な信仰の場、山城跡もあり、古代から今でいう所のパワースポットなのかもしれません。この地の歴史を調べたくなりました。


にほんブログ村

『もんじゃ居酒屋だんだん』で今治焼き鳥を堪能

1703184.jpg


 巷では、焼き鳥を食べる時に串から外して食べるのは「あり」か「なし」かで細やかな議論が起こっているようです。一本の焼き鳥をみんなで分けて食べるのが楽しいというのが「あり」派、いやいや串焼きは串のまま食べるのが美味いというのが「なし」派のそれぞれの主な理由だそうです。お店の経営者には「なし」派の方が多いそうです。

 しかし、焼き鳥の町/今治ではそのような議論は不要です。何故なら、今治の焼き鳥の特徴は、串焼きではなく鉄板の上に直に鳥を乗せ、上からコテで押し当てて焼く、という作り方にあります。そのような作り方になった理由として、「今治は造船の町で鉄板が至る所にあったから」、とか「今治の人は気が短いので炭火の上で串を回しながら焼くのを待ちきれないから」など諸説あるようですが、その真偽のほどは?

 その今治に、私たちが帰省した時には必ずお伺いする焼き鳥の美味しいお店があります。店名は「もんじゃ居酒屋 だんだん」。その名の通り、もんじゃ焼きの美味しいお店ですが、私たちには、ここの焼き鳥を塩でいただくことが帰省の楽しみの一つになっています。

1703187.jpg

1703186.jpg

1703185.jpg

1703181.jpg

 今治駅から北へ、予讃線沿いにブルーラインの引かれた道を2㎞程、近見山登山口近くにあります。店内には数多くのギターが並べられ、1960~70年代のキヨタにとって懐かしいフォークソングのレコードのジャケットが飾られていて、それもこのお店の魅力です。

1703182.jpg


 今回は、翌日にハーフマラソンを控えるなか、トライアスロン大会で知り合った愛媛県内子町から来られたお二人を私たちでお伺いしました。内子町のお一人はキヨタと並ぶかなりの酒豪。お店のご主人との会話も楽しみながら、大いに食べて飲んで、鋭気を養いました。二日酔いになることもなく、焼き鳥パワーでマラソンも心地よく走りきることができました。

 このお店は、キヨタの高校のミニ同窓会の溜まり場にもなりつつあります。地元で、心置きなく旧友と語り合える場があるというのも嬉しいことです。

1703183.jpg

『もんじゃ居酒屋だんだん』さんのFBです。

もんじゃ居酒屋だんだん


にほんブログ村

ゆめしま海道「カミイチ」サイクリング 最終回

17011609.jpg

 生名島から「ゆめしま海道」二つ目の橋、弓削大橋を渡りいよいよ弓削(ユゲ)島へ。ここは通称「honey島」。えっ、honey島?この島は私と同学年で弓削島ご出身の方の愛称がhoneyさん。それが所以でそのお友達の間ではhoney島として知れ渡っています。

1701222.jpg


 弓削島は南北に長い島で、北端に標高325mの三山、そこから南へ標高200~300m程の山が三つ連なり島の中央からやや南寄りの狭い平坦部に至ります。ここが島の中心地になります。その南には標高142mの久司山があります。ですから上から見ても横から見ても瓢箪型の島です。

 周囲20㎞程の島ですが、島内の久司山には古墳があり、また平安時代には後白河法皇の荘園となり塩を献上していたそうで、小さいながらも歴史のある島です。

 弓削大橋を渡り、島を時計回りに外周道路を走ります。島の西海岸の北部、凡そ6㎞はほぼ海沿いの平坦なコースです。サイクリングコースを示すブルーラインが引かれ路面も整備されて快調に走れますが、生活道路にもなっているようですので、スピードは控えめに。

途中にある、海水温温浴施設「潮湯」

17011616.jpg

 島の北端に至ると、何とUターンの表示。ただ地図を見ますと、そのまま東海岸へ回ることができるようでしたから、取り敢えず直進。

17011610.jpg

 ただ、ここから東海岸を経て島の中心部へ戻るまでの7㎞ほどはアップダウンの連続です。93m、65m、そして54mの峠を越えて行きます。ただ、大島の東海岸は峠を越えた都度、一度海岸線に戻るのに対し、弓削島の東海岸は中腹の上り下りの繰り返しなので高低差はさほどでもありません。また道幅も車両が擦れちかえる程度にはあり路面状態も悪くありませんから、トレーニングには適していると思います。残念ながら今回は天気があまり良くありませんでしたが、好天時の高台からの見晴らしは素晴らしいだろうな、と思います。
 
17011612.jpg

17011611.jpg

山羊さんとも出会いましたよ(置き物ではありません)。

17011613.jpg

 このコースだけでは物足りない健脚の方は、先ほどのUターン地点から島北部の三山へのヒルクライムも面白いと思います。

 島の中心部の東側の法王ヶ原にある松原海水浴場は白い砂浜と松林が広がる快適な海水浴場です。

17011614.jpg

17011619.jpg

 その松林の中にある「弓削神社」。ここにはこんな大きな丸い石が鎮座しています。さて、この石、何の象徴でしょうか。

17011618.jpg

17011617.jpg

 先ほど、弓削島には古い歴史があるとご紹介させていただきましたが、その歴史の中で、この島の名に関わるのが、物部氏の一族である弓削氏です。ここは奈良時代、弓削氏の荘園でもあったことが由来のようです。弓削氏と言えば、思い浮かぶのが弓削道鏡。8世紀に登場する禅師で、760年代には女性の孝謙上皇(後の称徳天皇)の近くに侍り看病し寵愛を受け、太政大臣から法皇となり権勢を誇り天皇の位まで狙うようになりました。ところが宇佐八幡宮のご神託により皇位に就くことはできず称徳天皇ご崩御により下野の国に下向、そこで没しました。
 ところで、この道鏡に関する大人の伝承として、「道鏡には座ると膝が三つあった」と言う説があります。所謂、巨根。それに因んで、この大きな丸い石が据えられているようです。その呼び名は「金玉石」。
 道鏡の人生からは直接、弓削島との関わりはないようなのですが、弓削氏の荘園だったこともあり法王ヶ原の名と共に伝説を偲ぶ縁となっています。

 弓削神社を後に、島を南下します。ここからは海岸線を離れ約3㎞程、久司山の中腹へと上ります。最高地点は95m。上り終わって1㎞弱の所に、左に折れる海岸線への下り坂があります。
 
 外周コースへ戻り坂を下ると西海岸。ここも生活道路になっていますのでスピードは抑え目に。
 この後、弓削島大橋へ戻り、佐島に向かいます。

1701221.jpg

 佐島には外周をぐるっと回るコースはありません。島の北部を回る道はありますが、南部へは東側と西側にそれぞれ道路があり、特に西側の道は3㎞余りのアップダウンを繰り返しますと、かくれビーチと呼ばれる砂浜に出ます。恐らく夏に来ても、殆ど人がいないゆったり過ごせる浜ではないでしょうか。ここから4.5㎞、島の北部へ引き返し三度、弓削島大橋を渡り、弓削の港にもどりました 。

橋ができても、船は島民の貴重な足です。

17011608.jpg

 この日は夕方から同窓会があったため、上島四兄弟のサイクリングは半日しか日程がとれませんでした。次回のサイクリングには、時間の余裕を持って、できれば島泊をして、岩城島の積善山や弓削島の三山のヒルクライムにも挑戦し、それぞれの島内をじっくり回ってみたいと思います。

 それとは別に、3月には二人で「ゆめしま海道いきなマラソン」にも参加する予定です。今回とは違った風情と人情に触れあうことを楽しみにしています。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログへ
にほんブログ村
プロフィール

kiyo & yoko

Author:kiyo & yoko
努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR