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 地方創生展では新居浜の太鼓台も展示されていました。

毎年10月半ばに行われます新居浜太鼓祭り。市内各所で凡そ80台の太鼓台による『かきくらべ』が行なわれます。高さ約5.5m、長さ12~13m、幅約3.4m、そして重さは約3トン。台の上に乗る指揮者や太鼓係りの他、150人程の150人程のかき夫によってかかれ太鼓の音に合わせ「ちょーしゃじゃ」という掛け声が響き渡る祭です。

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そして見どころは、勇壮な太鼓台の動きだけでなく、豪華絢爛な太鼓台本体の姿でもあります。

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祭の起源は、平安時代或いは鎌倉時代まで遡ると言われ。記録上は江戸時代末期の1800年代前半のことです。当時の大きさは今より二回りも三回りも小さいものでしたが、前回紹介させていただいた別子銅山の隆盛とともに市民の暮らしも豊かになり、太鼓台も大きく豪華になり。昭和初期には現在の大きさになったそうです。

新居浜市生まれの亡父は、このお祭りは日本一と言っていたそうで、キヨタも子供の頃観に行ったはずですが、はっきりとした記憶がありません。10月にまとまった休みが取れるようになったら行ってみようと思います。


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2017.02.19 1978年2月19日
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 今から39年前の2月19日。キヨタはロシア(当時のソビエト連邦)の首都モスクワで朝を迎えました。2月14日に横浜からナホトカ行きの船に乗り、ハバロフスク経由で18日にモスクワに到着しました。
 
 
 海外渡航が自由化されたのが1964年。その3年後に発表された五木寛之の『青年は荒野をめざす』に触発された多くの若者が、この小説のルートを伝って横浜~ナホトカ~ハバロフスク~モスクワへ向かい、さらにヨーロッパへと旅立っていきました。

 小説の主人公と同年になった20歳の私もまたナホトカ航路の線上にいました。海外渡航が自由化されて僅か14年後でしたが、父が外国航路の船乗りだったこともあり、私にとって「異国の地」はそれほど遠いものではありませんでした。

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 小説の主人公のような波乱に富んだ旅ではありませんでしたが、機会があればまた辿ってみたい旅路です。ただ、残念ながら、横浜~ナホトカ航路は既に廃止され、船で渡るとすれば新潟港から目指すことになります。そして、20歳だったからできたことが、この歳になるとできなくなっていることもあるかも知れません。

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 鎌倉の稲村ケ崎から、相模湾と江の島越しの富士山を見たくて往復約100㎞のサイクリングに出かけました。 

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『真白き富士の根 緑の江の島』。この詩の通りの景色を期待していましたが、生憎の曇り空。それでも何とか雲の合間から冠雪した富士の山頂を見ることができました。ところで、この歌をご存知の方はかなりのご高齢でしょうか。

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1930年(明治43年)1月23日。鎌倉市の稲村ケ崎沖で、旧制「逗子開成中学」の生徒11人と小学生1人が乗ったボートが転覆し全員が命を落としました。それを追悼して作られた歌です。6番まであり若くて帰らぬ人となった子どもたちへの哀歌になっています。しかし、この事故の原因。不良生徒が学校所有のボートを無断で持ち出したうえ、天候の急変を恐れた地元の漁師さんの制止も聞かず漕ぎだしたことだそうです。

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 この稲村ケ崎に纏わる歌がもう一つ、あります。これもまた、ある程度の年齢以上の方でなければご存じないかも知れません。
『七里ヶ浜の 磯伝い
 稲村ケ崎の 名将の
 剣投ぜし 古戦場』

ボート遭難事故からさらに遡ること600年。鎌倉時代末期の1333年(元弘3年)5月21日、後醍醐天皇の綸旨を受けた新田義貞が討幕のため鎌倉を攻めました。しかし鎌倉は東・北・西の三方を山に囲まれ、南は相模湾が広がる難攻不落の場所。義貞は鎌倉の相模湾に面す七里ヶ浜の西端にある稲村ケ崎から攻撃を仕掛けました。しかし、海岸までせり出した小高い岬を越えての進撃は難航します。そこで義貞は相模湾に剣を投げ龍神に祈願したところ潮が引き岬伝いに干潟ができました。その干潟を伝って鎌倉に攻め込み、また相模湾に浮かべられていた幕府方の船も引き潮のため沖に流されたこともあり幕府を倒すことに成功しました。恐らく義貞は潮の干満を予め知っていたうえでの大芝居だったのかも知れません。

平氏から源氏、そして北条氏へと目まぐるしく移り変わった武士政権。後醍醐天皇の勅命を受け建武新政の中心を担った義貞も、その後、足利尊氏と対立し最期は越前の国で戦死してしまいます。

鎌倉側から見た稲村ケ崎。小さいながらも海にせり出した小高い丘になっており、向こう側から攻めるには大きな壁になっていることが分かります。

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この地に立ちますと、人生の儚さも感じさせられます。

江の島の向こうに見えるのは伊豆の山々です。

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今日の相模湾は、そのような過酷な歴史の面影も感じさせないような穏やかさでした。

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ヨーコの実家近くにある小さな神社。藤の花に誘われて訪ねてみました。境内には咲き誇る藤の花の脇に公家装束を纏った少女が佇んでいました。知らずと立ち寄ったのですが、4月29日の午後6時から、この神社で平安時代から続く「藤花祭」が催されることになっているそうです。

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春日神社は平安時代の810年頃に淳和天皇が建てられた離宮「南池院」が始まりのようです。そして833年に譲位された後「淳和院」と改称され崩御されるまでの凡そ8年間、この地で詩歌管弦の宴を催されたそうです。その淳和院の礎石が残されています。

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藤花祭は淳和天皇が境内で催した「藤花の宴」を催された故事に因み古式のままに行われます。「藤花の宴」は『源氏物語』にも出てくる宮中で行われていた藤の花見の宴です。佇んでいた少女は祭の中では「供進役」「斎女」と呼ばれ、神社に参拝します。 

境内には恩賜の藤や、由緒ある氏の名の入った藤が咲き誇っていました。

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藤花祭当日に限り授けられる「藤かずら守り」は延命長寿、家内安全のお守りで境内の藤で作られるそうです。

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一回りしても5分と掛からないこの神社の由緒は藤だけではありません。他にも多く古を偲ぶものがあります。

これは江戸時代の仁孝天皇の御胞衣(おえな)塚。胞衣とは出産時に新生児を包んでいる胎盤のこと。1800年にお産まれになった仁孝天皇の御胞衣がここに埋蔵されています。御胞衣は安産は子守のご利益とされ、ここ数が神社では「子安石」を奉納する風習が残っています。他の神社の絵馬に相当するのでしょう。様々な思いの書かれた小石が納められています。

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そしてこちらは、「わらじ奉納」。こちらも古くから伝わる風習で、旅行安全や帰還御礼にわらじが奉納されています。

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所用があり、お祭りの始まるまでいられなかったのが残念です。


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「桜まじ とびイチ いまイチ しさとイチ」
その1=○○イチと言えば?

 自転車愛好者で、○○イチと言えば、『○○(地名)を一周する』と言う意味。関西地方なら、ビワイチ=琵琶湖一周=約200㎞(琵琶湖大橋より北側だけなら約160㎞)が定番のようです。トライアスリートもトレーニングコースとして多く利用しておられるようです。琵琶湖周囲には平安時代から戦国時代を経て現代に至るまでの歴史の流れを実感できる町並みや、湖東、湖北、湖西それぞれの地域ごとに異なる風景を楽しむことができます。
またビワイチでは、コース上に設置されたチェックポイントの内4か所以上でチェックし申請すると、「びわ湖一周サイクリング認定証」とステッカーが貰えるそうです。スポーツバイクのレンタサイクルや、サイクリング中に起きたパンクなどのトラブルに対応してくれる「びわ湖サイクルレスキュー」という有料サービスもあります。

私たちは横浜在住ですが、何故か琵琶湖に本拠地を置くトライアスロンチーム『Big Lake』に所属しています。メンバーの多くが滋賀県在住ですが、北海道から沖縄まで、全国各地にチームメイトがいます。「離れていても心は一つ」が合言葉とのチームです。
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ビワイチコース上には距離表示は案内板が多く設置されています。

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琵琶湖を眺めなら感じました。穏やかな湖面や、湖面越しに見える山並みは瀬戸内海で見える島影と変わりません。けれど瀬戸内海とは何か違う琵琶湖。それは船。瀬戸内海は漁船だけでなく大型タンカーやコンテナ船、フェリーが頻繁に行き来します。琵琶湖ではプレジャーボートが数隻見えるだけ。それ以外、ゆったりとした時を感じられるのは同じでした。

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他にも、全国各地には、淡路島を一周するアワイチを始め多くの○○イチがあるようです。自転車には、人それぞれ、いろいろな目的や楽しみ方がありますが、何かを一周するというのは、ワンウェイコースを往服するよりも達成感を味わえるかもしれません。

しまなみ海道を中心に自転車で地域を盛り上げようとしている愛媛今治を起点としても瀬戸内を巡る魅力的な○○イチのコースが作れそうです。来年(気が早すぎる?)の桜まじが吹く頃に走ってみたいと思います。

桜まじ=桜の花の咲く頃に、南から吹いてくる暖かい風のことです。「まじ」とは偏南風のことで、瀬戸内海や広島県で多く使われていた季節感を表す言葉です。瀬戸内には季節を感じさせる風雅な言葉がたくさん残っています(今は余り使われていないようで残念です)。
                           (『とびイチ』へ続く)
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