川崎大師と言えば

 今日、川崎大師に行ってきました。自宅から鶴見川~川崎市繁華街を抜けて片道凡そ10km。往きは、信号待ち含め1時間10分くらいで到着。

 境内は、土曜日ということもあって、出店が多数立ち並び、人出も多かったです。お参りの前に煙を膝と胸の気管支の辺りにかけました。どうぞ早く良くなりますように。出店で一串500円の和牛ステーキを食べました。

 ところで、川崎大師と言えば、厄除け。私もそれしか知らなかったのですが、ヨーコが川崎大師の名物は久寿餅、特に『住吉』の評判が良い、と聞いてきていたので、門前に構えられた大きなお店で2~3人分700円で買い求めました。さらに、隣の出店で節分用の豆を買い、ご主人から「福は内」と3回声をかけてもらいました。
 関東の三大厄除け大師の内、西新井には30年余り前に行ったことがありますので、後は佐野だけです。払ってもらいたい厄がたくさんあるもので…。

 帰りは時々歩いて2時間近くかけて到着。ヨーコの練習には物足りないものでしたが、私は久しぶりに20km、足を動かし続けることが出来ました。違和感は感じていますが、疼痛はないので、暫くはこんな感じでリハビリをして行こうと思っています。

 夜はスイム。プールに入るまでは、体が重く感じられましたが、泳ぎ始めると、結構いい感じ。3本目の500mでは7′25″。ベストに近いタイムが出ました。気をよくして4本目に臨んだのですが、そこで両足痙攣。あとはジャグジーで休憩。

 これから、その後、デザートで久寿餅です。

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今日の練習:ジョグ15km。
      スイム1,700m。

左右非対称

 「なんじゃ、これ。」と思いましたよ。
昨夜、風呂から上がって足を拭いていたとき気づいたのです。自分の足の右と左の太腿の大きさが、違うんです。よく見れば、などという差ではないのです。明らかに、左足の、特に外側が、右足と比べて細いのです。しかも、膝の直ぐ上の内側も、左足の方は垂れていました。ズボンを脱いでお見せ出来ないのが残念です。

 左膝を痛めて丸1年。意識、無意識の間に庇っていたためでしょう。1年の間に、筋肉が退化を続けてきていたようです。脾肉の嘆の太腿バージョンです。このままでは、何時まで経っても回復しないどころか、ますますバランスが悪くなる一方。今日から左足を軸にしたスクワットを始めました。取り敢えず100回から。終わった後、膝が嬉しそうに笑っていました。幸いに、今まで生じていた鋭い痛みは感じなくなってきているので、少しずつ回数を増やして行きます。ブランクから立ち直るのには慣れています。

 それにしても、こうなるまで気づかなかった自分には、全く、あきれてしまいます。毎晩風呂で、どこを洗っていたのやら。

 今日はスポーツクラブが休み。明日は、川崎大師まで片道10km。ジョグ&ウォークで行ってこようと思っています。

水中腕立て伏せからの脱却

 このところ、スイムの感じが今ひとつとつ。練習が足りてないわけではないのですが、泳ぎ始めると直ぐに大胸筋が疲れてある程度のスピードでは長く泳げなくなっていました。これまで、調子が悪い時は胸、普通に泳げる時は特にどこも疲れず、極めて調子が良い時は広背筋が疲れる、というのが典型的な症状でした。

 昨夜プールで、隣で泳いでいる若い競泳経験者と擦れ違う時、彼の水中での掌が随分深いことに気づきました。自分を意識してみると、肘が90度以上に曲げられ、プルはかなり胸に近い(水面に近い)所で水を撫でているような感じになっていました。
 そこで、今日は、少し肘を伸ばし(感覚的には100度位)キャッチからプッシュを深めにやってみました。かなり良い感じでした。掌だけでなく、手首から肘の辺りでも水を押せているのが良く分かりました。ただ、この位置ですと、ストロークごとの負荷も重くなりますし、プッシュも少し深い位置から押し上げる感じになるので、少し筋力をつけるために、しばらく泳ぎこみをしなければ成らないとは思いますが。

 その練習をした後、昨日までと同じくらい肘を曲げてみると、やはり大胸筋が痛いくらい疲れます。よくよく考えてみると、キャッチしてから胸の近くまで肘を深く曲げる動作は、水中で腕立て伏せをやっているようなものだと、思えてきました。疲れる訳です。

 1500m22分台へ向け、踊り場状態が続いていますが、何なく脱出できそうなきっかけが掴めました。今、とても肩甲骨の間がとても痛いです。

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 今日の練習はスイム3,000m。昨日よりは少しスピードを意識しました。
 2日連続で3,000m以上泳いだのは、久しく記憶にありません。

尾道

 私が高校を卒業して故郷を離れる時の春、両親と妹と私の家族4人で尾道の千光寺公園に花見に行きました。小高い丘の上にある瀬戸内海を見下ろせる公園です。尾道は、私の故郷から瀬戸内海を船で1時間ほど。海を渡る橋が出来ることなど、想像することすらなかったころです。今NHKの朝の連ドラの舞台にもなっていますが、私の年代では林芙美子の放浪記の印象の方が強いです。丘に上る坂道の途中には、林芙美子、志賀直哉、徳富蘇峰など、尾道に所縁のある作家の石碑が並べられています。父が、船に乗る仕事を終えた後は造船に携り、尾道近郊の造船所によく行っていました。そのため、私たちも尾道には何度か行っていました。連ドラで港のシーンが出るたび、思い出されます。

 その日は、長閑な春の一日でしたが、家族4人だけで一緒に旅をできるのは、これが最後かもしれない、と言う予感がありました。故郷を離れるというのは、寂しさと希望の両天秤。あちらに振れたりこちらに振られたり。それから36年経ちました。
 
 今、私の知る限り、このブログ読者の最高齢は82歳男性。遠く離れた四国の地で読んでくれています。

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 今日から、まじめに練習記録を残していきます。
 今日はスイム3,700m。速さは意識せず、休憩も入れながら1時間30分かけて久しぶりに長い距離を泳ぎました。

『綱島音頭』

 大寒を過ぎ、横浜では梅の開花が告げられました。が、まだまだ、寒い日が続きます。冬はとても苦手です。桜の花の下で死にたいと言った人がいました。その人の思いとは違いますけれど、何時のことになるか分かりませんが、なんとか今年の冬を越せますように、と願う時が来るかも知れません。

 鶴見川はバイク、ランの練習コースなのですが、この冬はまだ、2度ほどしか出ていません。この時期、綱島辺りで川に沿って吹き付ける風に向かって走っていると、少しのことではめげない力が湧いてくるのですが、このところ何だか、出て行く元気もありません。
 
 で、あまりネガティブなことばかり言っていてもしょうがないので、少し気分を変える為に、『綱島音頭』を唄ってみます(=『マイウェイ 横浜開港百五十周年 財団設立二十周年記念号 横浜ふるさと歌物語』 財団法人はまぎん産業文化振興財団発行 より抜粋)。昭和初期に出来たそうです。

 「桃は畠に 桜は土手に お湯の綱島 花吹雪 綱島よいところ…
  お湯のラヂュームほんのりきいて とても綱島 夢うつつ …」

 綱島は大正15年に綱島温泉駅として開業され、新幹線が開業して熱海に人が流れるまでは、東京の奥座敷として賑わっていたそうです。
 『日月桃』の産地でしたが、今では記念の石碑と数本の桃の木、そして『ピーチゴルフ練習場』にその名残りがあるだけです。
 
 さて、綱島音頭に戻ります。前半は、風光を歌っていますが、後半からは趣が変わって

 「涼み話に 夏の夜ふけて どうせ綱島 朝までも …
  離れ座敷は 二人の世界 月の綱島 澄みわたる …
  晴れて二人の添う日はいつか 恋の綱島 思ひ出に」
  
 横浜鉄人クラブの会合で、時折、綱島温泉を利用しますが、このような雰囲気が偲ばれるよすがは、ありません。
 

上を向いて歩こう

 歌と涙。NEKOさんから頂いたコメントで、いろんな曲を思い出しました。

 タイトルは忘れたのですが、森田健作さんが「さらば涙と言おう」と歌っていました。ただ、「こらえきれぬ涙は誰にも見せない。頬を濡らす涙は小雨に流そう」という一節も同じ歌の中に。
 別の歌で、歌手も思い出せないのですが、「サヨナラ涙君、また会う日まで。」と言う歌詞もあります。涙は「僕の友達」なのですが、「暫くは会わずに過ごせるだろう」と歌っています。
 二曲とも、涙にサヨナラと言いつつも、いつかまた涙する日が来るかも知れない、と思っています。

 岡本真夜さんの『TOMORROW』。アップテンポで、タイトルからしても前向きな曲。出だしは「涙の数だけ強くなれるよ」。

 しみじみ泣ける唱も少なくありません。
 涙を力に代えて、それでも、時には挫けて涙する。それを繰り返しながら歩いて行こう。
 
 「涙が零れないように」「滲んだ星を数えて」『上を向いて歩こう』。


 

見ざる、言わざる、でも聞こえてくる

 人類学の知識はないのですが、人は、目蓋や口を自分の意志で閉じることは出来ますが、耳たぶを自分の力で閉じることができないのは何故でしょうか。見たくないものは目を閉じればいいし、言いたくないことは口を閉じればいい。でも、耳は手で塞ぐしかないし、塞いでも完全に聞こえてこなくなることはありません。嫌な音や声はどこにいても聞こえて来ます。

 今日、仕事の待ち合わせ相手が電車事故で遅れたため、先方の事務所ロビーで待っていた時のことです。隣のブースからの二人の男性の会話が衝立越しに聞こえてきました。聞き耳を立てるわけではないのですが、聞こえてくるものは仕方がありません。

 内容は、一方の人がミスを犯し、もう一人の人が注意しているようです。同じ会社の上司と部下、という関係ではないようです。取引先同士なのでしょう。ミスによって第三者に迷惑をかけてようで、クドクドとお説教しています。ミスをした人は既に十分に反省をしている様子で、また解決への方策も示しています。それでもなお、お説教は続きます。しかも、「どれだけ迷惑をかけるか分かっていますか。」と言う言葉が繰り返さるだけ。「それはもう分かっていますよ。」と、私が替わりに言いたくなるくらい、繰り返しています。私が来る前から始まっているようなのですが、私が来てからも既に15分近くたっています。しかも、説教をしている人の声が、野太い、だみ声である為、声そのものだけでも耳に引っ掛かる感じを受けます。その声で、これだけ言われ続けると、反省よりも反発を覚えてしまうのではないか、と心配です。脇で聞いている(聞こえてしまう)こちらまで、不快を感じてしまいます。その時、思いつきました。

 何で耳たぶで塞げないのかなぁ、と。

 待ち合わせ相手が到着したのは更に10分後。私たちは次の目的地に向かいましたが、お隣の会話、いえ、一方的なお小言はまだ続いていました。そのブースは出入り口と逆方向だったため、お顔は目蓋を閉じずとも見なくて済みました。

 マンションのピアノの音、階上の足音。車の騒音。公園で遊ぶ子どもの声まで。音を巡るトラブルが増えて来ています。それが元で事件まで。ここまで人が音に対して敏感になってくると、耳たぶも自分の意志で閉じることができるように、ヒトは退化するのでしょうか。

 

今日も心に太陽を

「絵は音楽に負ける」。昭和洋画壇の重鎮、中村研一さんの言葉だそうです。理由は「音楽に涙する人は多いけれど、絵で泣いた話はめったに聞かない」からだそうです。朝日新聞1月10日付天声人語欄に載っていました。近頃、「泣ける歌ベスト10」とか、映画やTVドラマの予告編、更に書評でも、「泣けます」「泣かせます」というキャッチコピーを頻繁に見ます。それほどまでに、人に涙を流させることは素晴らしいこと、なのでしょうか。

 私は、絵に泣かされたことが2度、あります。何れも、自分自身が描いた絵によるものです。
 
 私は、子どもの頃から図画工作が苦手で、通信簿でも5段階評価でいつも2でした。
 最初に泣いたのは、小学校6年生。授業中で描いた絵を発表する時、先生から私の絵を出すよう言われました。先生は私の絵を貼りだし、どこが悪いのかを説明しはじめました。同級生だけでなく、市の教育委員会の方が大勢視察にきていた目の前で。
 2度目は中学2年生。校外写生で国鉄(当時)の駅に行きました。丁度停まっていた車両の絵を描きました。自分でも不思議なくらい良い色が出て、隅々まで綺麗に描きました。ところが、先生が突然、私の筆を取り、黒の絵の具で車両のところどころ墨を入れていきました。「良く見てご覧、あの車両はこんなに綺麗じゃないでしょう。」と言いながら。確かに使い古された車両は埃まみれでした。でも。鉄道好きの私は、車両を綺麗に描いてあげたかったのです。

 それでも、絵に喜ばされたこともあります。高校の美術の授業で、油絵を描いていました。下手なのは自分でもわかっています。それでも先生は言ってくれました。「絵というものは、自信を持って自分の思い通りに、思いのままに描けばいいんだよ。これからの人生も」と。最後に出会ったのがこの先生で良かったです。もし出会う順番が逆だったら…。

 泣ける、泣けないなんて、何の評価基準になるのでしょう。作られた音楽や映像がなくても人は泣けます。泣きたくないと思っても泣けてくる時もあります。そもそも、絵と音楽の間に、勝った負けたのという関係は存在しないでしょう。私は泣かされる音楽より、喜ばせてくれる絵の方が好きです。今日も心に太陽を。

今日一日

 
 今日は、通信教育の添削業務をしていました。合計56枚。1枚当たり5~10分かかります。修正箇所の多い時は20分近くかかる答案もあります。添削をしていると言うより、自分が受講者になっているくいらい修正しなければならない答案もあります。下世話な話しになりますが、報酬は1枚辺りいくら、と決まっています。対報酬効果を考えますと、当然、修正箇所のない優秀な答案を期待します。ただ、報酬だけが目的ではないので、出来の悪い答案の方が、やりがいがあります。どこが悪いのか、どうすれば良いのか、赤ペンを入れていきます。そうしているうち、回答者と添削者と言うだけのことで、それ以外何らの利害関係も繋がりもなく、恐らく直接顔を合わせることはないであろう受講者に対して、この経験を生かして活躍して欲しい、という気持ちが湧いてきます。それでも思わず、もっと勉強して答案出せよ、と独り言を言ってしまう時もあります。

 課目はビジネスマン向けの物ばかり10課目を受け持っています。入社3年目から管理職まで、年齢層は幅は広いです。受講者を中には、こんな部下、上司を持ったら苦労させられるだろうなぁ、と職場の人に同情したくなるような回答を出して来る人もいます。要注意は、管理職クラスで頭ごなしの指導しか出来てないと思われる人と、少し仕事になれて妙な自身を持って明らかに周囲を見下していると思われるような中堅社員。厳しく指導しなければならない人達です。たかが紙一枚の答案、と思われるかもしれませんが、記述式の回答からは、意外とその人となりは、見えてくるものです。
 
 唯一、困るのはカンニングです。別に昇進資格試験ではないのですから、カンニングしようが何しようが構わないのですけれど、折角費用を負担して受講されているのですから、ご自身の身につけていただきたいものです。答案は普通、同じ企業の同じ部署ごとに送られてきます。時には一字一句異ならない(誤字脱字の箇所まで一緒の)答案が2枚続くことがあります。同じ部署の人同士で、明らかにどちらかが写し取ったと確信できるのですが、如何せん、回答の現場にいないので、どちらが写し取ったのか判断できません。苦笑するしかありません。

 最近は、人材育成や労務管理の面で、私が30年ほど前に大学で勉強したこととは違う手法が用いられるようになっています。企業の社会的責任(CSRと呼ばれています)も、当時にはなかった考え方です。その面では私自身の勉強にもなっています。

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今日のトレーニング。
 スイム 2,200m=500m×4+ダウン200m。
     500mの4本目は、ヨーコにペースメイクしてもらったとは言え、7′27″。
     更にダウンでは、膝を痛めて以来ほぼ1年ぶりに、ブレストで膝を気にせずキックを打てました。

一流の条件

 「自分にコントロールできることと、できないことをまず分ける。そして、コントロールできないことに関心を持たないこと」。
 イチローと松井秀喜が口にした同じ言葉だそうです。1月18日朝日新聞朝刊25面(スポーツ)の『EYE』欄で紹介されていました。この記者が超一流のアスリートを取材してきて、学んだそこに共通する必要条件は、自分を客観視する能力だそうです。

 確かに、自己主張をする場合でも、自分の感情や思いだけを言い募っても、周囲がどのように受け止めているのかを冷静に見ていないと、逆効果になるだけ、というのはあります。私は仕事柄、話し言葉で相手を説得しなければならないことも少なくありません。そんな時、自分自身にのめり込まないで、横から自分を見ている自分を感じる時は、不思議と良い結果がでます。多分、相手の状況や反応も冷静に見ながら、話を組み立てられることが出来るからでしょうか。効果的にな受け答えや、咄嗟の判断ができるのです。勿論、何時もいつも、という訳には行きません。と言うより、そのような場面の時は、極めて少ないです。

 それでも、その点では、私も超一流になれる可能性はなくはないでしょう。ただ一つ、問題なのは、自分にコントロールできないのは、自分自身であること。前言によれば、自分自身に関心を持ってはいけないことになります。自分すらコントロールできないのは一流になる資格がない、とうことでしょうか。これが、私がイチローになれない理由(それだけじゃないだろう、って突っ込んでください)。

 今、私の身の回りには、自分でコントロールできないことが他にも幾つかあります。関心を持たずにいられたら随分楽だろうなぁ、と思うことがあります。でも、捨てきることが出来ないんですよね。超一流への道は厳しい(まだ目指しているのかい?って突っ込んでください)。

志は忘れない?

 休日出勤の振替で、今日は休み。やっと初詣でに行きました。毎年、自宅から2kmほどの「日吉神社」に行っています。「日吉」という地名は、私の実家のあるのが北日吉町、出身中学が日吉中学、現住所も港北区日吉、ということで、何かと縁のある地名です。名前そのものも目出度い響きです。
 
 境内には、日吉神社本殿と、天神様が奉られている小さな祠があります。祠の脇には、天神様だけに若い人たちの合格祈願の絵馬が沢山、掛けられていました。その中に「第一忘望に合格できますように」と書かれた絵馬を見かけました。?。字が薄れているのかと見直したのですが、やはり『志望』ではなく『忘望』。心の上は『亡』。 既に、望みを亡くしてしまったの? それとも、志を忘れないと言う自戒! 或いは、本当は自分の望む道があったのに何らかの理由で諦めざるを得なくなったことへの心残り…。単なる誤字でないことを祈ります。

 御神籤を引いたら、二人とも大吉。心新たに生活して行こうと思います。因みに、私へのご託宣は、「争いごとを避け、色と酒に溺れないこと」。難しい…。

 ジョギングで往復したのですが、自宅近くの焼肉店でランチ。消費カロリーを上回るカロリーを摂取。これからプールへ行きます。

愛媛県人

 「どちらのご出身ですか。」
今から30年ほど前、都内の田町駅前にある「港区スポーツセンター」内に設けられたランニングコースで走っていた時のことです。以前から時々お見かけしていた方から、初めて声をかけられました。
 「四国の愛媛です。」
私は愛媛県今治市の出身です。初対面の人に伝える場合は、四国の愛媛県です。と言います。愛媛だけですと場所を理解していただけない場合が少なくありません。
 「愛媛のどちらですか。」と興味深げに尋ねられました。
普通、今治と言っても、よほどの高校野球ファンでなければ反応はしていただけません。声をかけてこられたのは、私より少しご年配の女性でしたから、高校野球には興味はないだろうと思い、反応を期待せず、
 「今治です。」と応えました。
ところが、相手は驚いたように
 「私も、今治です。」と応えられました。
話の続きで、その方は、何と私の出身高校の先輩。しかも、私の叔父2人と同時期にその高校に通っていたことが分かりました。以来、ランニング仲間(今は、飲み仲間)として、グループ交際(?)を続けています。

 それだけでも、考えられない繋がりだったのですが、つい最近、このブログリンク先の方の、更にリンク先の方が、同じく愛媛ご出身の方であることを知りました。今治から船で1時間ほどのY島(通称honey島)。私が子どもの頃、海水浴に行ったことのある島です。その方は、昨年の横浜マラソンの応援に来られていたのですが、その時は全く存じ上げませんでした。しかも、その方は、私が普段練習している鶴見川沿いを走っておられることもその後知りました。とても驚いています。
 なお、その方のお近くには、地元ご出身の方も多くおられるようで、年代的にも私に近いのではないか、と推測しております。世の中、広いようで狭いです。どうか、その方達から、私の地元での悪さがばれませんように。

 


駅伝伴走と新年会

 駅伝大会の伴走は、幾つかのアクシデントその他ありましたが、何とかおわりました。
 
 大会は、発着点と、中継点は全て陸上競技場内の1ヶ所。コースは競技場周辺の公園内に設定されています。全走者は必ず、競技場に戻ってくることになります。普通の駅伝のように、ワンウェイまたは、折り返しコースではないため時として、思わぬアクシデントが起こります。

 その一つは、一般・高校の部で起こりました。この部は全6区間で、4,3,4,3,4,3kmの順で96チームで競われました。9時にスタートし、順調に進んだのですが、最終区で一般女子の部に参加した1チームだけが繰上げになってしまいました。私は後尾で伴走したのですが、それ程早い走りではありませんでした。それでも、無事ゴール。これで、この部は全て終わったと安堵しました。ところが、このチームの繰上げ前にスタートしていた前区間走者がまだ、ゴールに辿り着いていませんでした。前区間は4kmでアンカーの3kmより長く、途中でコースが分かれ遠回りのコース設定になっているので、恐らく、その間にアンカーが先にゴールしてしまったのでしょう。もっとも、繰上げスタートの時には前区走者がスタートして10分余り経っていたので、僅か1km短いだけで、アンカーが先にゴールするとは思っていませんでした。
 普通、駅伝の繰上げスタートと言えば、前区走者が中継点にきた時には次の走者は先にスタートしており、襷を渡せなかった前区走者ががっくりする、というのが見せ場(?)ですが、今回は、先にゴールしたアンカーが襷を渡せなかったランナーを笑顔で迎える、という事態になりました。

 二つ目は、11時30分にスタートした、中学の部・町内会の部で起こりました。駅伝等の先導で難しいのはペース配分ですが、この大会では、先頭を見失わないと言うことにもかなり気をつかいます。ワンウェイのコースでしたら、途中で逆転劇が起こっても、常に先頭のランナーの前を走っていれば問題はないのですが、この大会のように、全ての中継点が陸上競技場の場合、それ程簡単ではありません。競技場内には先導の自転車は乗り入れることが出来ない為、競技場入口手前で先頭を見送った後、出口に廻って先頭を待たなければなりません。競技場内でトップが入れ替わったり、中には、周回遅れのチームを入り混じったりしてしまうと、先頭を見失ってしまうこともあります。
 今回は、1区から2区への中継で、町内会の部の先頭を見失ってしまいました。町内会の部だけなら13チームしかないのですが、今回は中学の部が一緒だった為、1区4kmを終えた時点では、全123チームの内、かなりのチームが競技場内に入って来ていました。町内会の部は、同じチームでもウェアが人それぞれ異なるので、ゼッケンで追うしかないのですが、これだけ多くのランナーが競技場から出て来ると、見分けるのが困難です。事前に、大会役員には出口で先頭を教えてもらうよう依頼していましたが、本番では機能しませんでした。
 結局、先導役が、周囲で応援している方々に尋ね回って、何とか3区への中継で先頭を捉えることが出来ました。参加者へ迷惑をかけるのは1区間だけで済みました。運営側に改善点があるとは言え、ボランティアで携わっているいる以上は、万全を期さなければならないと言う自責はあります。大会役員の方々も、もう少し、参加者の視点から運営していただければ、と思いました。

 さて、驚かされたこと。遂にモンスターペアレントを目撃しました。これまでは、マスコミなどで噂には聞いていましたが、想像以上にすさまじいものでした。先導をしている時、「どけ、そこにいたら息子を写せないだろう。」と声が聞こえ、何のことかと振り向いたら、デジカメを持った男性が、走路誘導をしている役員に対して怒鳴っていたのです。役員は少しよけたのですが、それでもなお、「もっと左だ。」と言い続けていました。学校の先生が苦労しているのが、良く分かりました。

 最後に、感心したこと。高校女子の部に白鵬女子高校が参加していました。競技場脇にブルーシートを敷いて陣取っていたのですが、シートの上には全員のスポーツバックが整然と並べられていました。一つ一つを見ると、それぞれ色も型も異なるのですが、まるでチーム共通のバックを揃えたように見えました。最近、学生スポーツの指導者は日常生活の大切さを強調していますが、強いチームと言うのはこういうことか、と実感。おじさんも見習わなければなりません。

 駅伝終了後は、日産スタジアムでヤッソの練習をしている横鉄メンバーに合流しましたが、体力的によりも伴走での気疲れの方が多くて、走る気になれず、一度帰宅し、夕方からの新年会から再合流しました。
 中学1年生もお父さんと初参加。昨年末に入られたばかりの女性メンバーは、たくさんの手料理の差し入れがありました。二次会では、歌って踊れるトライアスリートが、忘年会以上にレベルアップされ、競技とともに、これからますます期待が高まります。

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 11日の練習:スイム2,200m。混雑していたので100m×20本をのんびり。
 12日の練習:ラン10km。鶴見川沿いを1時間12分かけて、歩くように走りました、それでも、昨年12月5日の横浜マラソン以来、10kmを立ち止まらずにす、みました。膝の具合は一進一退から、二進一退のような感じで、今度こそ少しずつ良くなっているような気がします。

横浜市港北区区民駅伝大会

今日、久しぶりに自転車を整備しました。と言いますのも、明日、港北区民駅伝大会で、私たち二人は自転車での先導と後尾役を務めることになっているからです。今年で4年目になります。以前、港北区の陸上協会が主催する記録会に出た時にトライアスロンをやっています、と言ったところ、それでしたら自転車乗れますね、という話になって、お役が廻ってくることになりました。毎年1月第2日曜日に開催されており、私たちにとっては、毎年この日が自転車乗り初めになっています。
 
 9時に、中学男子・女子、高校男子・女子、一般の部がスタート。11時30分から町内会の部がスタートします。二つ合わせますと先導する総距離は60km位になります。高校男子では現役陸上部員、一般の部では区内に事業所を持つ社会人ランナーも参加します。彼らはキロ3分は切って走ります。うかうかしていると先に行かれそうになります。一方、町内会の部には、小学校低学年の区間もあります。こちらはキロ6~7分くらい。子ども達は無理にも自転車を追ってきますので、オーバーペースにならないよう少し落として走ります。

 襷を受けて200mもすれば、見ていて普段から走りなれているな、という人は直ぐ分かりますので、その人たちの先導は比較的楽です。ほぼ、一定のペースで走ってくれます。ただ、時に人数合わせで参加(させられた)と分かる人がいます。この人たちの先導や後尾は、かなり難しいです。最初、勢い良く走り出すのですが、途中で必ずペースダウンします。そのタイミングを見計らっていないと、早すぎたとか、遅すぎたとかクレームが来ます。腕の、否、脚の見せ所です。

 コースは公園内の舗装された園路なので、一般道を走る時ほど気を使うことはありませんが、ランナーそれぞれのペースに合わせての先導・後尾は、意外と難しいです。また、区民駅伝とは言え、繰上げスタートがあるので、そのようになりそうなチームの後尾をしていると、こちらの方がひやひやドキドキしてきます。ただ、先導・後尾の鉄則としては、特定チームにとって有利になったり不利になったりするようなペースメイクや声かけは絶対にしてはなりません。かなり緊張します。が、このような役を務める機会は、他にはないので、自分達で駅伝を走るより、楽しみです。去年より、上手に先導してあげたい、という気持ちも湧いてきます。明日も無事に終わりますように。
 
 ところが、明日はもう一つイベントがあります。横浜鉄人クラブのラン練習会と新年会。ラン練習場所は駅伝会場に隣接する日産スタジアム。駅伝終了後、合流する予定です。

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昨夜は、プールで300m程泳いだ頃に、同じコースには誰もいなくなったので、そのまま1500mのタイムトライアルに切り替えました。23分51秒。先月の鉄人デュアスロンより2秒、速かった。普段から23分30秒以内でコンスタントに泳いでなければ、いざとなっても22分台は無理のようです。

メンターからの相談

 「悩んでいる新入社員に、どのように自分の考え方を伝えたら良いのでしょうか。」というメンターからの相談。メンターとは新入社員指導員のことです。語源は、古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」に登場する登場する人物『メントール』に由来するそうです。メントールは、妻子を残して度に出たオデュッセイア王の息子が、父親である王の行方を捜すのに付き添い、困難を乗り越え目的を果たすよう導いたのだそうです。そこで、優れた指導者の代名詞として現代まで残ったそうです。まぁ、そのようなことはどうでもいいのですが。

 指導者は、とかく自分の経験や意見を前面に押し出し易いものです。ただ、それが時にはメンティ(メンターから教えられる立場=新入社員)が望む悩みに対する答えになっていない場合があります。その理由は、相手の話を十分に聴いていないことにあります。相手が悩んでいる理由を、思い込みや先入観で決め付けたり、理解したつもりで答えてしまっているため、折角のアドバイスが的外れになってしまっている場合が少なくありません。

 カウンセリングと同じで、悩んでいる人に対しては、先ず相手の話を十分に傾聴してあげることが求められます。それによって、相手の真意を掴むことで、適切なアドバイスが出せるようになるはずです。話の途中で腰を折ったり、自分の意見を押し出したりしないことです。根気のいる作業です。

 その上で、自分の考えを伝える場合、相手がどのように受け取るか、いう観点で言葉を選ばないとなりません。自分がどう考えているか、というより、相手がどう受け取るか、を考えなければなりません。

 「言葉を選ぶ時に多くの表現が思い浮かぶのは、ものの見方が細やかということです。ものの見方を磨かないと、表現は増えません」。『日本語 語感の辞典』(岩波書店)著者の中村明さんの言葉です。他者にアドバイスをする時、相手を細やかに見てあげることによって、その人にぴったりの表現ができるようになるのでしょう。これは、会社の人間関係だけでなく、ラブレターも同じ。独り言とは言いつつも、読んでくださる人を意識しているブログも同じでしょうか。

 ものの味方を磨く。難しいことですが、いくつになっても続けていかなければならないことでしょうし、楽しいことでもあります。

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 昨日の練習:スイム2,500m。混んでいたため、タイムは計測できず。今日はこれからプールへ。明日は、久しぶりに鶴見川を走ってみようと思っています。

今年の目標

 kanrekiさん、ちゃんと練習、再開しましたよ。また、最近ブログを始めた某トライアスリートも毎日練習内容を公開されており、それを拝見して煽られています。と言うことで、やはり、年初には、トライアスロン及びマラソンでの今年の目標を掲げ、達成に向けて努力していこう、と思います。設定目標の鉄則としては、達成可能なレベルより少し上のレベルが求められます。そこで…。
 
 6月の日産カップのスプリントの部で総合優勝(達成可能な1時間00分から2分くらいの短縮を要す)。
 8月の中島大会で50才代3位入賞(達成可能な2時間35分から5分くらいの短縮を要す)。
 11月の大田原で3年ぶりのフルマラソン完走(膝さえ良くなれば、達成は十分可能)。
 
 他には、都合がつけば、というレベルですが、済州島でアイアンマンディスタンスへ6年ぶりの挑戦。ただ、済州島は7月予定なので、それに出るとなると、スプリントに向けての練習とロングの練習をどのように組み合わせるか、考えなければなりません。
 が、公言した以上は、目指せ、有言実行。

 因みに、日常生活での目標は…、ここでは公開できません。

 今日は13日ぶりのスイムということで、どうなることかと心配していましたが、それほどまでは落ちていませんでした。いつもどおり500m単位でのインターバル。9分持ちで、7′45″+レスト1′15″で3本行けました。8′はかかってしまうかと思っていたのでした。3本目は300mまでは、45″/50m で追い込めました(某アスリートに煽られていただけでは悔しいので、こちらから少し煽っておきます)。ダウンも入れて2,000m。

怠惰な年末年始。

 このブログを始めて、初めて中3日になってしまいました。年末年始は、トライアスロン愛好者にあるまじき日々を過ごしてしまいました。30日の午前中に仕事納めをして、夕方近くから鶴見川沿いを走り始めたのですが、6kmでダウン。31日午後から京都へ。名古屋までは座れず、多少、カロリーを使うも、京都は雪でラン練習不能。夜はスキヤキ。元日も残雪を言い訳に炬燵で過ごす。夜は韓国焼肉。2日午前中に横浜へ帰るも、早速、飲みの誘いがあり、溝の口で鮨。3日は、箱根駅伝を追っかけ応援。二宮、藤沢、新子安、田町の4箇所で電車を乗り継ぎ、歩数は増えたものの、応援後、横浜東口の行きつけ蕎麦屋で、飲み。怠惰に慣れてしまうと、それなりに過ごせてしまう自分が怖い。

 スイムも、会員になっているスポーツクラブが改装工事のため使えなかったこともあり、23日の鉄人デュアスロン以来、12日間、全く泳いでいません。まあ、ぼちぼち、作り上げて行こうと思います。

 ところで、箱根駅伝の追っかけは楽しかったです。大袈裟なアナウンスもなく、視聴率を意識した画像を見せられることもありません。ただ、目の前を駆け抜けるランナーをひたすら応援するだけです。今年は応援している大学が2年ぶりに出場しました。一時はシード権も見えるかと思われたのですが、結果は、届きませんでした。
 私の出身大学は、全く縁も所縁もありません。予選会ににすら出られません。その代わり、出身高校からは、毎年1~2人は何処かの大学から出場しています。今年のエントリーメンバーには上武大学から1人だけ入っていたのですが、当日のメンバー変更で、たまたま、二宮で応援することが出来ました。後輩達の活躍を見られるのも楽しみの一つです。

 さあ、明日から始動です。
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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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