高校生の頃、専門種目は400m、800mでしたが、長い距離を走るのも好きだったので、シーズンオフや気分転換に、学校から海岸沿いを通って約10kmのロードワークも時々やっていました。
先日の同窓会の翌日、そのコースを何十年ぶりでしょうか、走ってみました。もっとも二日酔いと蒸し暑さの中で途中からバスに乗りましたが…。
仕事や体調から、なかなか思うようにトレーニングが出来ないこの頃ですが、久しぶりに懐かしいコースを走って、少し元気になりました。

学校前の川を下流に2kmほど走ると小さな漁港に出ます。このコースの前半は海沿いなので、ところどころにこのような漁港があります。
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向かいは大島、中を取り持つ来島大橋(しまなみ海道)。高校生の頃は、ここに橋が架かるとは、夢にも思っていませんでした。来島海峡の激流にもまれる白身魚は、とても美味しいです。鯛に限らずオコゼ、アコウは絶品です。
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こんな海沿いの道を走っていました。
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コース上にある造船所。今治はタオルと造船の町です。当時に比べると寂しくなっていますが、造船所のたくさんのクレーンがキリン群れのように見えていました。
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造船所が5km手前。そこから10~15%くらいの傾斜の坂が500mほど続きます。ここが最大の頑張りどころ。その坂を上るとこんな景色が疲れた体を癒してくれます。手前に見えるのが馬島と言います。奥が大島。鳴門の渦潮ほど有名ではないですが、ここの急流も迫力がありますよ。


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このところの練習内容は、スイムを相変わらず、500mのインターバルを主体に行っています。私は週に3,4度、1,500~2,000mくらいしか泳いでいません。500mがどうしても8分切れなくなっています。ヨーコはかなり戻ってきたようで、連日3,000m以上泳いでいます。昨日は500m7分03秒。かなり調子は戻ってきています。
 開催日:2011年9月25日(日)
 場 所:世田谷区総合運動場温水プール、陸上競技場および運動公園内走路。
 距 離:一般の部はスイム300m、ラン3.1km。

 この大会は、都内にあるトライアスロン連合が主体となり、毎年8月から10月にかけて、5戦行われている、城南アクアスロンシリーズの一つです。小学生1年から60歳代まで、それぞれのカテゴリー別に、スイム50m+ラン1.2kmからスイム300m+ラン3.1kmまで6タイプの種目があります。中には小学生1~3年親子ペアの部もあり。家族揃って楽しめる大会です。とは言え、一般の部には大学生や高校トライアスロン部員も参加するなど、レベルは幅広いものがあります。参加者総数は凡そ300人くらいです。

 今年は、横鉄メンバーのサエと、ヨーコ、私の3人が一般の部に参加しました。サエはメンバーになってマラソン大会には何度か参加しましたが、複合競技への参加は今回が初めてでした。勿論、腕にナンバリングをするのも初めてです。ヨーコと私はかつて世田谷区に住んでいたこともあり、何度か参加したことがありましたが、横浜に越してからは久しぶりの参加になります。

 スイムは50mプールで行われますが、競泳のようにコースロープを張られた水路を往復するのではなく、プールの四隅から5mほど奥に浮かべられたブイを周回するもので、オープンウォーターに近い感覚です。漢字の『回』を思い浮かべていただいて、外の『口』がプールサイド、中の『口』に当るところを周回するという感じです。中の『口』の長さは縦40m横15m位で、一般の部300mはこれを反時計回りに3周回します(多分、実測距離は少し長いと思います)。

 一般の部の男子は142人、女子は27人がエントリーしていました。これらの人数が一斉スタートする訳ではなく、30人位ずつ、5グループに分かれてのスタートです。少人数とは言え、狭いプールの中ですから、スタート直後はトライアスロンと同じようなバトル状態になります。コースの縦方向に向いてスタートするため、最初の40mで出来る限りダッシュして、第1コーナーへ良い位置、出来れば1位で入ることが求められます。そこで良い位置が取れれば、後は短い直線のコースで追い越すためには、かなりの泳力の差が必要になり、上位争いをするうえではかなり有利になります。私のスイムスタートの定位置はこの大会に限らず、常に、第一コーナーへ向かって最前列の一番外、と決めています。コーナーへの内側からスタートして前をブロックされるのを避け、外側から回り込むという考えです。今回もスタート前に定位置を確保できました。後は、スタートを待つだけ。

 スタート直後から私のすぐ左(コーナーへの内側)で泳いでいた人とバトルになりました。「それを抜け出すことができれば先頭でコーナーへ入れるだろう。」と思い、ダッシュをかけました。その人の前に回り込めたと思った瞬間、内側に更にもう一人泳いでいる人がいるのに気付きました。第1コーナーまで、あと20mもありません。再度ダッシュをかけましたが、その人はかなり力があるようで、こちらが前に出られるだけの差をつけられません。そのため前に出ることを諦め、第1コーナーを少し大回りしてその人の後ろにつきました。人の後ろを泳ぐのは流れができて楽に泳ぐことが出来ると言われます。2,3mほど後ろを泳いで様子を見て、どこかで追い越しをかけようと思ったのです。後ろには全く人の気配を感じませんでした。
 ところがその人は、こちらが付いて行くのがやっとくらいの速さで、追い越すとしたら相当力を使わなければなりそうです。そのような位置取りのまま、2周回目が終わった時には、もう追い越すことは諦めました。そのままの差でスイムを終えられるかと思ったのですが、3周回目の最後のコーナーの直ぐ手前で、トップの人が、前を周回遅れで泳いでいる人2人の間を抜けて行こうするのが見えました。このペースと距離では、丁度コーナーの辺りで私はその2人に追いつきます。「どのようにコース取りするか」。瞬時迷いましたが、無茶をせず、二人の外からコーナーを回ることにしました。ロスにはなりますが、スイムの苦手そうな人をコーナーのバトルに巻き込むことはできません。トップの人とはそこだけで10mほどの差がついてしまいました。プールサイドに上がったところで後ろを見ましたが、3位の人はまだ最後のコーナーを回る手前でした。トップの人は相当速かったようです。
 というところで、私のレースは終了です。まだランがあるでしょうって。今の私はまともに走ることはできません。私は追い越されていくばかりです。

 さて、女子の部は、私のグループがスタートしてから5分後位にスタートしたはずです。ランコースは、公園内と陸上競技場のトラックを含めた1周約1km。周回しているうちに、後からスタートした女子にも次々と抜かれて行きます。私が2周回目に入ったとき、女子の先頭が追い越して行きました。かなり速いです。しばらくしてヨーコが追い越して行きました。そのすぐ後ろに3位の人。2周回目が終わるまでにサエに追い越されました。

 一般の部は男女とも、39歳以下と40歳以上の部に分かれています。ヨーコは40歳以上でこそ1位になれましたが、女子全体では2位でした。ヨーコには年代別での順位の意識はないようで、1位になった大学の現役の陸上部員と、最後まで対等に勝負をしようとしていたようです。

 記録:ヨーコ  18分40秒。
    サ エ  25分46秒。
    ワタシ  27分15秒。

 なお、会場では気付かなかったのですが、初期の横鉄女性メンバーのJ.Fさんもご参加されていたようです。

40歳代の部の表彰。青い鉄人Tシャツは周りの人にも好評でした。

2011.09.24 祝:修了
 ヨーコの学生最後の授業が23日に終了した。新入生の母親と間違えられながら出席した大学入学式から4年半。目標としていた中高の保健体育の教員資格を取得した。その間、日本学生トライアスロン選手権にも4年連続出場。文武両道、よく頑張った(才色兼備とは私からは言えないけれど…)。
 
 最初、教員資格を取りたい、と相談を受けた時は、正直なところ、彼女に取れるとは思わなかった。ただ、やってみたいことを可能な限りやってみて、それで駄目なら本人も諦めがつくだろう、と思った。

 今の大学は、私が通っていた頃とは異なり、普通の授業でさえ毎週3,4科目のレポート提出があるなど、かなりハードになっていた。加えて教職課程の授業。傍で見ていても本当に良くやり遂げたものだ。そんな中でも本人から聞いて面白かったのは体育実技の授業。器械体操では、教授から他の学生に向けて「おばちゃんが出来るのに。」と引き合いに出されたり(勿論、冗談ぽく)、柔道では20歳の男子学生と寝技をしたり(学生はどんな気持ちだったのかなぁ。えっ、私もやってみたい、ってか?)。

 ただ、これはまだ通過点。教員採用試験に合格し、晴れて教壇に立てるよう、まだまだ挑戦は続く。努力の結果はどうなるか分からないが、目標ははっきりしている。なさねばならないことも決まっている。後は、どれだけ教師になりたいという気持ちが強いかだけ。4年半と、ほぼ徹夜で通した3週間の教育実習の苦労を無駄にしないためにも。

 さて、明日25日は、世田谷アクアスロン大会。スイム300m、ラン3.1kmの超スプリント。ヨーコと横鉄メンバーのサエと3人で参加の予定。サエは複合競技初挑戦なのだ。

※メール送受信不能状況は続いております。
 今日のタイトルはリンク先のCoCのお二人のサブタイトルから勝手に使わせてもらいました。20歳代前半の若者から、私が忘れそうになることを、教えられます。

 自分の所属する会社や組織に対し、100%満足しているという人は、むしろ珍しく、多かれ少なかれ何かしら考えるところはあるでしょう。そして、会社や組織をより良くして行こう、という気持ちを持っている人も少なくありません(全ての人とは限りませんよ)。

 良くしていくために、意見を述べる。これは大切なことです。しかし、それだけでは組織は良くなって行きません。今ある問題を解決するために実際に行動することの方がより大切で、難しいことです。

 しかも、ただ漠然と、良くして行きたいと思っているだけでも足りません。良くして行くにしても、何を、どのように、どこまで良くしていくのか、とう目標や目安を明確にしていなければ、どれだけ良くするために努力し行動しても、結果に対して不満が残ります。

 そのためには先ず、今ある組織の、何が問題なのか、どこを解決していかなければならないのか、ということを具体的に列挙する必要があります。そして、それらの問題点があることによって、自分たちが組織の中で活動するに際し何がネックになっているか、実例をあげていきます。しばしばあるのは、イメージ的に、やることをやっていない人がいるとか、やり方が足りないとか、という印象が先行している場合もあります。かなり以前に、人はやってもらってありがたい、といことにそのうち慣れて、やってもらって当たり前、更にやってもらうことに不満足、という過程を踏むことを書きました。それに照らし合わせて、今問題と思われていることが、実際の日頃の活動の中で、どのような支障が出来ているのか、具体的な事象を考えなければなりません。

 そのうえで、問題を解決するために、対応を考え、実際に行動していくことになるのでしょう。行動の伴わない発言は誰にでもできます。肝心なのは、行動すること。言った以上は、それを解決し改善するためにはその人自身が先頭に立って行動すべきです。言うことは言うけど、行動は誰かがやる、ではあまりにも無責任というものです。

 任意団体やグループにも、とりまとめをする会長とかそれを支える副会長その他業務を分担するスタッフがいます。会社などと異なるのはそれら役を受け持ったりスタッフを務めてくれている人は、無報酬です。なんらの見返りも期待しているわけではありません。しかも、その人たち自身の仕事や生活を抱えたうえで受け持っているのです。いわばボランティアのようなものです。また、当然、一人の人が出来ることの限界はあります。会長が出来なければ副会長が、副会長でも手が回らなければ事務局が、それでもまだ足りていないことがあれば、メンバー全体でサポートすればいいのです。ただし、やってくださいと言われたらやります、という姿勢ではなく、自ら積極的に手を出してもらわなければ、却って協働出来ません。人の感情として、自分で積極的に手を挙げるより、人から推されて頼まれて、「そこまで仰られれば、微力ながらお手伝いさせていただきましょう。」という方が格好つきやすいような気がします。だからこそ、自ら手を上げてくれる人でなければボランティアは務まりません。サポートを広げすぎても収集がつかなくなることもあります。組織がある以上取りまとめる役目は、誰かがやらなければなりません。その誰かを彼らはやっているのです。そんな彼らにご不満があるなら、ご自身でやりなさい。
 
 静観だけしていて結果だけから物を言う。行動の伴わない評論家。そんな人間に私はなりたくない。

 前回に引き続き、単なる戯れ言葉ですので、お気を使われませんように。

 なお、私個人のパソコンが23日昼前から故障で、メールの送受信が出来なくなっています。私宛にメールをお送りいただいているにもかかわらず、返信がなくお不快な思いをされている方には申し訳ありません。復旧の見通しはたっておりません。
2011.09.22 風評被害
 東北の、風評被害が まだ止まぬ。この度は、打ち上げ花火に 飛び火した。被災地で、製造された 花火玉。主催地の、声に追われて 地の果てへ。がんばろう、東北も所詮 他人事。

 風評は、思わぬところで 湧き上がる。思い違いや、推測、憶測。果ては意図ある 悪意まで。ひとたび誰か声出せば、石を投ぜし池の面。波紋の先の、行方は知らぬ 存ぜぬぞ。真相・事実知らぬとも、波に乗れれば 官軍気取り。げに恐ろしき人の情。

 物申せ、言いたきことは 存分に。   されど…。

 天に向かいて吐きたる唾は、いずれは己の額に落ちる。
 その覚悟持ち、物申せ。


 単なる戯れ歌で御座いまする。他意はございませんので、ご心配なきよう。
2011.09.20 今治城
 私のふるさとにある城です。しまなみ100km遠足に出られた方にご存知と思います(今、ゴール地点は城内ではないようですね)。
 お城に関する薀蓄は、私が述べるよりネット検索していただく方がはるかに詳しく載っていると思いますが、今治城の一番の特徴は、お堀と海が直結している、ということです。これは全国でも珍しい造りです。

 天守閣が再建されたのは1980年、私が高校を卒業するまでは、石垣とお堀が残っているだけでした。私は、小学4年生から高校3年まで、海洋少年団に所属しており、場内の広場で行進や手旗信号、お堀ではカッター(6人で漕ぐ、ボートの大型のような物)の訓練をしていました。

 お城見物だけでなく、しまなみ海道は景色を眺めるだけでなく、瀬戸内海に架かる橋を車でだけでなく、自転車や歩いても(勿論走っても)渡ることもできます。瀬戸内の魚料理等を堪能されに、是非1度足をお運びください。因みに、今治市は全国で人口に対する焼鳥店が一番多い都市だそうで、市内に多くの焼鳥店があります。私の好みの品目は、『せんざんき』です。から揚げに似ているのですが、タレを沁み込ませているのが特徴です。

 また、タオルの生産量も日本一です。市内には製造工程も見学できる所もあります。子どもの頃はいたるところでタオル工場から機械の音が聞こえてきていたものです。

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(これから下の小さな写真はクリックしていただくと拡大されます)
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2011.09.19 高校学年会
 「誰だったかなぁ、見覚えはあるのだが名前が…」。ならまだしも顔を見ても全く覚えがない人も少なくありません。分かった振りをして話を合わせていたり、近況報告を聞いているうちに、漸く思い出せた人もいます。一方で、当時の面影を随分残している人も結構いました。私たちは1学年9クラスあったのですが、それぞれのクラスごとでは余り多くのが集まらない為、学年全体での同窓会になっています。ですから、3年間で同じクラスにならなかったり、部活動で一緒でなかった人達は殆ど分かりません。特に私は故郷を離れて生活しているので、地元で暮らしている人との繋がりも、全くと言っていいほど繋がりがありません。今回は70人ほどが集まりました。卒業した高校は旧制では県立女学校でした。その関係もあって、当時も女子の方が多かったのですが、今回の参加者の過半は女性でした。因みに私たちは共学になって第27回目の卒業生になります。

 時間が経つにつれ、話題も増え、当時の高校生としてはかなりきわどい話もでてきましたが、時効となった今とでは懐かしいことばかりであります。

 その後、三々五々と別れ、2次会、3次会まで続き、最後の店を出たのは3時半頃でした。

 地方都市である今治は、ご多分に漏れず、経済的には苦しい状況にあるでしょう。いくら故郷とは言え、離れて暮らしている者にとっては普段、あまり気にとめることはありません。それでも、こうしてたまに会って、頑張っている同窓生の顔を見ると、こちらもまた、元気を貰うことができます。年に1度くらい、慌しく帰省しているような状況ですが、次回また元気に合えるよう、こちらも頑張って生活して行こうと思います。また、微力ながら何かしら役に立つように。

 世話役の皆様、出席された皆様、ありがとうございます。


正門から本館校舎
私たちが通っていた頃は、3階建てでした。
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校章は、桜の花と北斗星の組合せです。
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正門へは浅川と呼ばれる幅20m程の端を渡って入ります。
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高校生3年間で、1周300mのグランドを何百周、いえ何千周か、走り回っていました。
サッカー部、野球部共用で、凸凹の土のグランドでしたが、ただ好きで走っていました。
今回の学年会で、私への記憶は、何時も一人で走っていた印象しかない、と言われました。
他にもいろいろやってたのですが…。それでも印象して残してもらえているだけでも幸せでしょう。
正面に見えるのが講堂兼体育館。左側の三角屋根の切妻造りの建物は武道場。
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校庭のの南西にあるプールです。水泳部は全国大会常連でした。
体育の水泳の授業では、水球の日本代表候補だった若い先生に随分鍛えられました。トライアスロンでスイムが苦手でなくなった基礎がこの頃にあったかも知れません。
また、この先生には、野外走の時、原チャリで引っ張ってもらいました。もう一度お会いしたかったのですが既にご逝去されています。
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運動部の部室です。プールの下に並んでいます。陸上部は丁度真ん中当たり。当時と変わっていないようです。目の前のテニスコートでも同学年生が練習に励んでいました。何人かがインターハイ、国体に出場しました。
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オリンピックに出場した卒業生の記念碑です。
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2011.09.14 筋トレ
 14日は久しぶりに、ジムで筋トレ。スクワット、チェストプレス、それと後背筋。それぞれ10分間で100~120回ずつ行った。ただ、我が家のトレーナーによると、筋持久力を強化するには100回もできるような負荷は軽すぎるとのこと。そんな軽い負荷では、ダイエット目的にしかならないそうだ。基礎筋力をつけるには15~20回×3セット、筋持久力養成には30回くらい出来る位の負荷がいいらしい。一方、10回未満しかできない重い負荷ではトライアスロンの実用にはならないとのこと。適度な負荷を見つけるまでが、一苦労かも知れない。

 それにしても、久しぶりの筋トレで感じたこと。背筋が極めて弱くなっていた。背筋は人と比べてもかなり強いと感じていて、それがこれまでの私のスポーツ歴を支えていたはずなのに。これを機会に、もう一度鍛えなおそう。

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14日の練習
 筋トレ45分。
 スイム 1,500m位。
2011.09.13 中秋の名月
9月12日は、中秋の名月。天気が良く、綺麗な月でした。それに因んで月の切手。
1969年に、アポロ11号により、人類が始めて月に降り立ち、それを記念した切手が各国で作成されていました。

1段目左:発行不明です。現物では右上端にAPOLLO11と印刷されているのが見えます。
1段目右:MAGYARは、ハンガリー。
2段目:ドバイ。「ここに、地球という惑星からきた男達が、月の上に初めて足を置いた」と印刷されています。
3段目:イエメン。二人が足元の靴跡を見つめているのが、初めて降り立ったという印象を強くしています。
4段目左:SHARJAH=アラブ首長国連邦にあります。上がアポロ11号、下はアポロ12号。
4段目右:SHARJAR。15日間、地球をまわり続けた記録です。



この頃、宇宙開発に関する切手が多くの国で発行されています。みらいを先取りしたような図案の物も沢山あります。

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久しぶりの練習記録。
12日:ラン4km
13日:ラン5km
距離は短いですが、走っている時の感覚や、走り終わった後の気持ちは少しずつ良くなっています。

2011.09.12 女性の切手
今日は女性の切手です。

上:中央アフリカ
下:セネガル
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上下ともルワンダ
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チェコスロバキア(当時)のアールヌーボ期の画家ALFONS MUCHAが描いた絵をモチーフにした切手です。MUCHAは曲線美を多様、強調して主に女性を描いていたそうです。保存状態が悪く、女性のバックの青い色が褪せてしまったのが残念ですが、とても妖艶な雰囲気をかもし出していると思います。
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上:タイ
左下:オランダ領東インド(現インドネシア) 右下:シンガポール
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2011.09.11 この頃のこと
9月10日(金)。
 朝刊で、声楽家の今井 久仁恵 さんの訃報に接する。高校の大先輩で、一度だけ、同窓会で声をかけさせていただいたことがある。昔々、今井さんがある女性に一緒に歌を歌いませんか、と誘われたことを、どうしても伝えてみたかったのだ。今井さんにお目にかかるのは、その時が初めてで、突然何のことか、と思われたかも知れない。そんな失礼を承知の上で、それでも伝えてみたかった。誘われた女性は家庭状況などの理由でお誘いを受けることはできなかったそうだ。もしも、と言うのは許されないが、それでも敢えて、もしもその女性がお誘いを受けていたら、少なくとも私はこの世に生を受けることはなかっただろう。本当に、生まれてくることの不思議さを感じざるを得ない。
 
 今日からランニングの練習も再開。朝はヨーコが11km走るのに自転車で伴走。夜、自分の練習をしようと思ったところ、膝が痛くて走れない。暫くサボっていた間にまた筋肉が落ちたようだ。スクワット100回と、ランジ左右20回ずつの後、2kmほどジョグ。


9月10日(土)
 ヨーコの大学卒業アルバムが届く。個人写真も載っていた。家でも見ないような、いい笑顔で写っていた。二回り近く違う同級生を比べても、遜色はない。楽しみよりも苦労が多かった4年間。やり遂げた達成感と安堵感からくる笑顔だろう。後は今月末に、教員資格の免状がもらえれば、彼女の学生生活は完結する。

 午後は、二人でランニング練習。といっても、私が4km走って2km歩いている間にヨーコは11km走った。暑さがぶり返してきた。夜はプールで2,000m程。いつもどおり500mベースのインターバル。ヨーコは7分15秒前後まで戻してきた。私は8′前後をうろうろ。


9月11日(日)
 今日は二人とも終日仕事。日曜の夜はプールの営業は7時30分までなので500mしか泳ぐ時間がなかった。

 夜、近親者からメールが来た。その人の娘と息子はバレエをやっている。娘はロシアでの修行を終え、プロのバレリーナとしてウクライナへ旅立った。息子は以前から留学していたワシントンDCへ戻って行った。二人とも厳しい道だが、そんな道を歩けることに感謝しつつ、進んで行って欲しい。

 それにつけても、政治家をはじめ、世の人々の言葉の足りなさ。言論の自由とは、何を言うかではなく、どのように受け止めてもらえるかを意識して話すこと。自戒の念も込めて。綸言汗の如しである。
 
2011.09.09 鳥の切手
今回は鳥の切手です。その中でも、日頃、余り馴染みのない国の物を選んでみました。
(なお、鳥の名前には正式な学名があるかもしれません。ご存知の方、是非お教えください。
 また、国名も独立その他で変更されているかも知れません。お教えください。)


上:サモア発行のWATTLED HONEY-EATER=耳垂れ蜜吸い(honeyさん、ご注意)。
下:モントセラト(西インド諸島東部にある火山島、英国保護領)発行の
 RED-FOOTED BOOBY=赤脚のカツオドリ。
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ガーナ発行のRUFOUS-CROWNED ROLLER=赤褐色のブッポウソウ。
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上:マラウィ(アフリカ南東部にある英連邦の国)発行のSCARLET-CHESTED SUNBIRD
 =深紅色の胸の太陽鳥。
下:セイロン(現スリランカ) 名前が分かりません。
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上:モーリシャス発行のRed-Tailed Tropic Bird=赤い尾の熱帯鳥(海鳥だそうです)
下:ascensionには上昇とか、キリストの昇天の意味があるようなのですが、地名としては、大西洋南東部にある英領セントヘレナにある火山島。
  鳥の名前は、BROWN BOOBY=茶色のカツオドリ。
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コンゴ発行のPELICANS=ペリカンです。
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世界の切手を載せる為に、数十年ぶりに英和辞典を引っ張り出してきました。
鳥や動物の切手はまだまだ沢山あるので、動物図鑑を買ってこようと思っています。
小中学生の頃に、ただ集めるだけでなく、いろいろ調べる習慣をつけていれば、
少しは違った人生になったかも?
因みに我が家のトイレには世界地図を貼ってます。
用を足しながら眺めています。
 中島が終わって2週間、水遊び程度に2,3回泳ぎに行きましたが、昨日からきちっとした練習を再開しました。何とか右側息継ぎができるように回復しました。ただ、折角なので、左息継ぎも続けていこうと思います。左の方が、50mにつき2~3秒程ほど遅くなります。ただこれは、単にバランスがとりにくいとか慣れていないというだけでなく、泳ぎ方そのものが関係しているような気がしているからです。

 泳ぐ時は水中で水を後に押すことで前に進みますが、私の場合、右の方が押す力が弱いようだ、という感じがしています。左息継ぎで泳いでいると強く感じます。右で息継ぎをする時は顔をあげる勢い(?)で掌を後に押し出すことができているので気付かなかったようです。左息継ぎでの泳ぎを練習することで、少しは右掌で押す力が出てくるかも知れません。

 ただ、現状で私がスイムの練習をするのは飛躍的に速く泳げるようになる為ではありません。今、プールでは1,500mを23分30秒くらいでは泳げます。22分台という魅力はありますが、ここから30秒短縮するのは、不可能ではないと思いますが、そのために使う練習時間をバイク、ランに使えば2分3分縮めることはできる筈です。今のスイム練習の目的は、楽に泳げる力を維持することです。

 私にとってとって「楽に泳げる」とは、8割りくらいの力で、海を安全に泳ぎきるということです。

 もともと私はスイム、特にクロールは得意ではありませんでした。中学の頃までは腕は平泳ぎ、キックはバタ足で25mを泳ぎきるのがやっとという状態でした。ただ海に対する恐怖心はなく、平泳ぎなら1時間でも2時間でも泳ぐことはできました。

 トライアスロンの初レースのスイムはプールでの500mでした。最初の200mまではクロール、後は平泳ぎでした。海での初レース1.5kmは40分かかりました。そこから今は海でも25分くらいで泳げるようになりました。自分でもかなりスイム練習に力は入れたと思います。その理由は、ウエットスーツです。今でこそトライアスロンでウエットスーツ着用義務のないレースは少ないですが、私は今でもトライアスロンではウエットなど着るものではないと頑なに思っています。ウエットを着れば速く泳げることは間違いありません。ですから、ウエットを着る人に負けたくない、というのがスイム練習のモチベーションになっています。

 ウエットを着ていれば安全だ、といわれます。しかし、ウエットを着てさえいれば安心だ、というのとは違うような気がします。ましてや私の独断と偏見では、ウエットがなければ泳げない、というのは信じられないくらいです。海で、集団で競いながら泳ぐというのはとても危険です。先日も書きましたがバトルはしょうがない、とうのは間違っていると思います。海は本当に恐い物です。膝下くらいの高さの波でも、引き込まれれば溺れることもあります。ウエットがなくても十分泳げるけれど念のため(或いは規定で着用が義務付けられているからやむを得ず)着用するというくらいの泳力は維持していたいと思っています。

 8割りの力で泳いでいれば、海でも周りが良く見えます。前や隣、斜め後ろで泳いでいる人の姿や泳ぎ方がよく見えます。それによって自分がどのスペースや位置取りをすればロスなく泳げるかが、良く分かります。潮の流れや波のリズムも感じることができます。それでもレースの中ではヒヤリとすることが何度もあります。そののような時でも落ちついて対応できるくらいの余裕を残しつつ泳いでいるという感じです。

 先日、佐渡のレースのスイム中、お一人の方が亡くなられました。どのような状況が判然としませんが、レースには十数回出場経験と、リレー部門のスイム担当だった方だそうです。そうであればスイムは苦手ではなかったと推察されます。ご家族や仲間、大会関係者の方々のご心痛は察して余りあるものがあります。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、決して他人事ではない、という思いも強くあります。

 9月18日に、横浜市の中心部でトライアスロン大会が開催されます。1千数百人の人が参加するようです。スイムに限らずバイクでも、あの狭い地域でこれだけの人が、どのようにレースできるのか。無事終えらることを願っています。
2011.09.05 世界の切手
 このところ、仕事にかまけてブログに書けるような出来事は起こっていません。また、物事を考えるということも怠けています。
 そこで、小学生から中学生の頃、集めていた切手を載せるカテゴリを作りました。
 日本国内だけでなく、海外の切っても数多くあります。父親が海運会社に勤めていたこともあり、仕事の関係で送ってこられた郵便の封筒から切り取った物もあります。ですから、どこの国の物か、何を表しているのか分からない切手もあります。
 本棚で眠らせていても勿体無いので、少しずつ載せて行きたいと思います(と言うのは言い訳で、ブログを書く作業をサボるのが口実です。

 第1回は強い印象のある切手です。写りが悪いのですが、こちらの腕も少しずつ上げていこうと思っています。

左上:モンゴルの1966年の子どもの日の記念切手。モンゴルにも子どもの日があるのですね。朝青龍や白鵬も子どもの頃から、こんな相撲をとって強くなったのでしょうか。

右上:中国人民政府発行。顔つきが如何にも中国らしいと思います。

真中:カタールの切手。誰か功績のあった人物のようですが、全く分かりません。

左下:発行当時の国名はDAHOMEY(ダオメー)。現在の国名はBenin。アフリカ西部にある国です。描かれている人の顔が、とても深い思いを醸し出しています。

右下:シンガポール。何かの象徴でしょうか。

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 昨夜は10人で、横浜のホテル内にあるレストランで、3,500円で料理10品+ビール、梅酒飲み放題で楽しみました。2時間制限なので、19時スタート21時終了。好き勝手を言ったり言われたり、楽しい仲間と、良い時間を過ごしました。

 今日、12月4日の横浜マラソンのハーフにヨーコと二人で申し込みました。私の方は3ヶ月でハーフを走れるまで回復できるか、ちょっと不安です。それと、3月11日にある、名古屋ウーマンズマラソンのフルマラソンの部にヨーコが申し込みました。フルマラソンの参加資格は女子だけで、完走するとティファニーのペンダントが貰えるそうです。男性にはハーフマラソンの部があります。男女3組のペアで行く予定ですが、私だけは応援です。

 肩の具合も少しずつ良くなってきているので、仕事が落ち着く来週5日から、徐々に練習を再開できそうです。

 ところで、全く話は変わりますが、今、テレビで世界陸上を見ています。これから男子4×400mリレーの決勝です。が、何故、400m×4リレーでないのでしょう。私は算数が苦手ですが、昔、単位の違う物を掛け算する時は答えになる単位を先にもってくるようにと教えられた気がします(単なる記憶違いかも知れませんが)。それからすると400mが先に来るようにも思います。「一人400mずつ4人で走る」のか、「4人で一人400mずつ走る」のか。
高校生の頃は、4×400mリレーなどと、まどろこしい言い方ではなく、イチロク(1,600mの1,6)と略して言っていました。

 くだらないことを考えている間に、レースはアメリカのアンカーが最後の直線で大逆転して終わりました。大会最後の種目は、4×100mリレー(略して四継=ヨンケイ)です。
2011.09.01 夏の終わり
 今日から9月。庭では昼間はつくつく法師、夜は虫の音が聞こえるようになりました。接近中の台風が通り過ぎると、一気に涼しくなるのでしょうか。猛暑と言われながらも今年は中島が雨だったこともあり、ギンギラギンの太陽の下で海で泳ぐことはありませんでした。ここ数年の間では、ちょっとつまらない夏でした。

 今週末は、佐渡でトライアスロン大会があり、横浜鉄人クラブのメンバーや、知り合いの方合わせて10人ほど参加する予定です。天気予報からすれば、ギリギリ台風一過となるでしょうか。私はこの大会の2回目の時に1度参加したことがあります。ウエットスーツ無しでクラゲに刺されながら泳いだ3.8kmのスイム、坂と風に悩まされながら島を一周した180km(当時)のバイク、真っ暗な道をひたすらゴールを目指した42kmのラン。その経験は、仕事で難題を抱えても、一歩一歩積み重ねて行けば必ず解決できる、という自信にも繋がっています。

 韓国で開催されている世界陸上は今日から後半。日本人選手の活躍を見るのも楽しみですが、今日は女子1,500mでは激しい女性の闘い、男子5,000mではラストの強烈なスピードの切り替え、4×400m(1,600m)リレー(俗称マイルリレー)は目まぐるしい順位争いなど、結構見ていて面白いレースもあります。お時間があれば見てみてください。