先日、テレビ番組で芸人が言っていました。主旨は、「人によって敏感な人と鈍感な人がいて、敏感な人は周囲に対し反応が鋭く、鈍感な人は周囲に迷惑や不快を与えていても気づかない。敏感な人はそれに対して腹を立てるが、腹を立てたら負けだ。だから鈍感な方が幸せだ。」ということでした。
 私は、なるほど、と思いました。

 『鈍感力』というタイトルの本を見かけたことがあります。その主旨がどうなのか、こんど読んでみようと思っています。

 一人の人には五感、六感、その他いろいろな感覚や感情、考え方があり、一人の人の中ですらその全てが敏感で、全てが鈍感であることはありません。また鈍感から敏感の間は、不可区分です。
 まして、二人以上の人が集まれば(親子、夫婦であったとしても)、それぞれの敏感、鈍感に感じるところは異なってくるでしょう。私たち二人もそれが原因で、しばしば…。

 人の行為に腹を立てることもあれば、人が腹を立てていることに気づかないことも。それは私にもあります。鈍感な部分を直そうとは思うのですが、なかなか難しいです。

 腹を立てるより、鈍感だと思われていることにも気づかないくらい鈍感であれば幸せかもしれません。が、そこまで鈍感になれないところに苦痛もあります。

 「あなたのことを思い続けてきたのに気付かないなんて、鈍感ネ。」と言われるくらいが関の山?
 子供の頃、父の書棚にあった本で、当時からなぜか印象に残っていたタイトルです。著者は先日亡くなられた北杜夫 さん。
 まず、どのように読む(区切るのか)、白きた おやかな峰? 「白き」という表現は「白い」とは違うし、「たおやか」という言葉も子供にとってどのようなものかイメージできませんでした。杜夫さんというお名前の読み方もわかりませんでした。タイトルは気になったものの小説そのものを読んだ記憶がありません。北杜夫さんの作品では「どくとるマンボウ航海記」もあったはずで、これは少しだけページを開いた記憶はありますが、内容は覚えていません。まだ実家にあるはずなので、今度帰った時に読んでみようと思います。

 北杜夫さんの父である斉藤茂吉の全集も実家にありますが、これから先の私の時間の中では到底読み切れそうにありません。斉藤茂吉は、私にとっては柿本人麻呂の死んだ場所を明らかにした、ということが一番の印象なので、その部分だけでも。社会人になってからですが、茂吉がここだと定めた島根県の湯抱にも行って茂吉の歌碑を見たこともあります。ただ、人麻呂の死亡場所や状況については、梅原猛さんがその定説を覆す説も発表されています。真の答えが見つからない謎でもあるでしょう。

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 27日はジョグ13㎞。28日はメイン練習で(400m+400m)×5。
 左肩の打撲も余り重くはないようで、いい練習ができつつあります。
 詳細はK & Y で。
2011.10.26 薄日後、嵐
25日は、スイム練習で良くなる兆しが見えてきました。 
気持ちよくプールから上がって更衣室を出た所で 濡れた床に足を取られて転倒。
今痛めている反対の左肩から倒れ、その時の腕の付き方が悪く、左肩靭帯が伸びた感じです。
一晩経って悪くなっている気配はないので、暫く様子見です。
痛さより、裸で転んだ自身の姿を想像、見っともなさを感じています。

その後、ある会合に参加。全くもって、アホらし。
行動の伴わない批評にはうんざり。
まぁ、逆にこれで気持ちもスッキリ、
次のステップに向かって進む意欲が強くなりました。

通信教育の添削をしていて、しばしば受講生からの、
「上司を反面教師としてみています。」というコメントを目にします。
尊敬できない人、悪いことが目につく人を、そうならないようにとみているのでしょう。
それはそれで、人それぞれの感じ方や受け止め方、考えの違いがあるので、そのようなコメントに対し、どうこう言えるものではありません。
ただ、どんな人にも必ず見習うべきところはある、という謙虚な気持ちで人と接しましょう、とだけは返答をしています。
人の悪いところはよく目につきます。でも、悪い所ばかりの人はいないはずです。
相手の良い所にも目を向け続けることも忘れてはいけない、と改めて感じました。
難しいことではありますが。
2011.10.25 テレビ観戦
 昨日はテレビで、大学女子駅伝と、行列チームの佐渡の模様を観ていました。
 
 大学女子駅伝では、私の出身地にある松山大学が5位に入賞、昨年に続きシード権を獲得しました。2年続けば実力も本物でしょう。しかも序盤は2位につける大活躍でした。女子の場合は、箱根のある男子と違って西高東低ですが、地方大学でここまで活躍するのは大変なことだと思います。まして、いずれ高校駅伝の時に書くつもりですが、愛媛県の長距離のレベルは低いです。そんな中でこれだけのチーム作りができたのは凄いことだと思います。

 今回のレースで繰り上げスタートの区間が出ました。2m位の差で繰り上げのスタートになった大学がありました。繰り上げスタート時、テレビで表示されている残り時間は5秒くらいあったのですが、何かの手違いでしょうか。この時気になったのですが、駅伝の繰り上げスタートの時、次のランナーの判断で1秒くらいならスタートを待ってタスキを受け継ぐことは許されるのでしょうか。スタートを遅らせるのは自身のロスタイムになるだけですから記録上や順位を決めるうえで決して有利にはならないはずなので。一応、私も陸上部出身なのですが、ルールを知りません。どなたかご存知の方がおられましたら、お教えください。

 さて、箱根駅伝の時にも、同じようなシーンで泣き崩れる男子学生がいて、それを見ても何も思わないのですが、女子の時には気持ちが同化して今うのはオヤジだから? 私も高校時代に県予選レベルで繰り上げスタートの憂き目に遭ったことがありますが、泣く余裕すらありませんでした。


 その夜に見た佐渡トライアスロン。つくづく芸能人は大変だな、と思いました。余裕をもってゴールしては画にならないし、ギリギリ制限時間に間に合うかどうかというところで走る(泳ぐ)のも結構、苦労することでしょう。などど、穿ってしまうのは私がひねくれているからでしょう。

 いずれにしても、作られたものに感動はありません。

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 22日~24日の練習は K & Y にて。
 「これで1万円ゲット」。 

 手軽に1万円をゲットしようクロスワードパズルに挑んだ。最初は自分で答えていたが埒があかず旦那に応援を要請し、何とか23問全てを解き終えた。その回答と、アンケートとして好きなラジオ番組とその理由を葉書に書いて送れば、抽選で1万円当たるのだ。
 
 
 私には好きなラジオ番組は直ぐには思いつかず、このアンケートにも旦那がすらすらと答えてくれたので、こんなに簡単に計画が上手くいくとはと、しめしめと思った。。因みに旦那の好きな番組は、ラジオ日本で月~水まで夕方6時30分から放送されている「くず哲也のオトナの情報マガジン」。野球のナイター中継のない秋から早春の間、放送されているらしい。特に火曜日は旦那の好きな鉄道特集。他にも時事ネタなど分かり易く楽しく放送されるので、楽しみにしているらしい。

 その辺のことと、パズルの回答をはがきに書いた。勿論、既にこの時点で1万円は手にした気分。ところが…。

 宛先を確認するために応募要項を見直したら、締め切りは10月7日。なんと2週間も前。賞味期限切れなら我慢して食べるのだが、これはどうしようもない。
 
思い描いていた、手軽に1万円を手に入れるという望みは、想像の彼方へパッと消えてしまった。やっぱりこつこつと日々の努力が大切だと思い、その後、夫婦でプールに向かったのである。

 BY ヨーコ
 思わせぶりなタイトルですが、高邁な思想や強固な意志を表す言葉ではありません。レストランやコンビニの男性用トイレに貼り紙されている標語?です。テレビのお笑い番組の中で話題に出て、ヨーコはこの言葉を初めて知った、と言います。当然でしょう。これは男性にしか伝わらないこと。女性用トイレにはないはず(尤も私は入ったことがないので、絶対にないか、と問われれば、絶対にない、とは言い切れませんが)。
 女性用には特にそのような標語はないそうです。もしも、もしもですが、これを読んで、この続きが気になった女性読者の方は、ご主人にお尋ねくださいネ。

 でも、こんなことを書いていると、親愛なる女性読者が減ってしまうかな?

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19~21日の練習記録は リン先のK&Y鐡人倶楽部にて。
 「格差を受け入れてでも、秀でた者を育てる必要がある」。橋下大阪府知事が率いる大阪維新の会が「教育基本条例案」を提出している。その立案者の一人の発言だ。この条例案に関しては、様々な論議すべき問題があるが、今日はこの発言に関しての私見。

 ヨーコは40歳を過ぎて改めて教職をめざし大学に再入学した。おそらく彼女は、元裁判官で自身エリートであっただろう立案者の基準でいえば、決して「秀でた者」ではないだろう。教員に採用される可能性も極めて少ない。採用されても、この条例案にある「相対評価として最低評価をつけられる5%」になるかもしれない。それでも、夢を実現させるために挑戦を続けている。

 「躓いた経験のある者は、躓く子供が理解できるはず」。それが彼女の目標とする教師像。そして、仮に躓いてしまっても、何歳になっても目標をもって、やり直しのできる人生を送ろう。それを自身の姿で見せること。

 子供たちの才能や適性、希望は様々だ。それなのに、子供たちを学力だけで計るのか。格差を生んでまでエリートを育てなければならないのか。

 大阪府の教員採用試験の受験資格の内、年齢制限は60歳までといいうのは、ヨーコにとっては全国でも数少ない受験可能な都道府県だったのだけれど、残念です。
2011.10.19 人工甘味料
 なんとなく引っかかっていたことを言い表してくれる言葉と出会いました。梅崎流青さんの文章の中に出ていました。私が理解できる範囲では、「言葉」の力を信じる、というのは大切なことだが、ウケを狙ったような言葉、つまり『人工甘味料』にまみれた言葉は信じられない、ということでしょうか。梅崎さんは「作為なき言葉を信じる。」とも仰っておられます。
  
 ただ、言葉に作為を用いない、というのは私にとって簡単なことではないと思います。この程度のブログであったとしても、誰かに読まれるであろうことを想像(或いは期待)して書いています。嘘や出鱈目を書くことはありませんが、事実を曲げない範囲で恰好を付けた言葉や、目を引くような言葉を考えていることがあります。何らかの目的をもって言葉を選んでる時もあります。そんな言葉が、自分の体の中から湧き出てくる言葉と限らない場合もあります。

 それは日常の生活の中でも人が発する言葉の中に、それを感じることがあります。

 それに比べれば、津波から逃げ遅れた親友に対し、「ばかな奴だった。早く逃げればよかったのに。」という言葉は、私には親友を思う心から出た言葉のように感じられます。勿論、人によって同じ言葉でも受け取り方が違うので、誤解をされるような発言は慎まなければならないのは当然です。ただ同時に、この言葉を非難する人たちが普段発している言葉が、どれほど空虚なものか、と感じずにはいられません。

 人工甘味料の混じらない言葉で表現する。難しいけれど、努力していきたいのです。
 これまで、このブログでは日々のいろいろなことを書いてきました。
 良いのか悪いのか、私には様々な関心ごとや気になることがあり、
 それらを都度書いていると、まとまりのないブログになっていた気がします。
 そこで、一番の趣味であるトライアスロンに関しては、別のブログを作り
 そちらに集中させて行こうと思います。
 自分のブログを自分でリンクさせるというのがどうなのか、分かりませんが、
 取りあえずリンク先の1番上に入れました。

 こちらのブログは、今まで通り、取り留めのないことを書き綴っていこうと思います。
 二つのブログで共通のことも出てくるかもしれませんが、
 合わせてご愛顧賜りましたら、幸いです。
 
2011.10.18 福山城
広島県福山市。
しまなみ100㎞遠足スタート地点です。
しまなみ海道の本州側の入り口は尾道市ですが、高速道路との接続や新幹線の利便性から、福山市から尾道大橋へ出るというのが一般的なルートになっているようです。
父が仕事の関係で、福山や尾道にある造船所に出張していた時、よく遊びに行きました。その頃、姫路城を見に行きたいと母にねだったのですが、福山城しか行けなくて駄々を捏ねたような記憶があります。

福山城の一番の特徴は、築城されたのが江戸時代になってから、ということでしょう。日本の城郭は戦国時代以前に築かれた物が多く、むしろ江戸時代には徳川幕府を守るために、お家断絶その他で廃城される城も少なくなかったくらいです。
福山は、徳川幕府にとっては極めて重要な場所であったと思われます。薩摩の島津、長門の毛利など西国の外様大名に睨みを利かるために築かれたのでしょう。

現代での特色は、新幹線の駅に最も近い天守閣、ということでしょうか。
PAP_0022.jpg左が新幹線の駅、道路一本を挟んで本丸の石垣があります。

左:大手門を潜ると直ぐ左(北方向)に天守閣が聳えています。
右:大手門脇に、三層の伏見櫓(これは国宝です)。
下:天守閣を南側から見上げる。
PAP_0027.jpg  PAP_0028.jpg  PAP_0035.jpg

左:大手門付近からの天守閣。
右:大手門を東から見たところ。左に見えるのが湯殿。
PAP_0037.jpg  PAP_0036.jpg

左:月見櫓。2階は回廊式です。お殿様が優雅にお月見をされたのでしょうか。
右:天守閣を北東から見上げたところ。
下:天守閣を北から。同じ天守閣も角度によって表情が異なります。
PAP_0029.jpg PAP_0032.jpg PAP_0033.jpg

左:天守閣を南東から。
右:本丸の石垣を南東から。左に見えるのが月見櫓。奥に天守閣の屋根が見えます。
PAP_0034.jpg  PAP_0023.jpg
2011.10.16 思いも新たに
 今日、東京お台場でトライアスロンの日本選手権が開催されました。中島大会でお世話になっている方が四国代表で出場されるので、応援にと思ったのですが、仕事を終え会場に着いた時には既に大会は終了し、ボランティアも帰路についていました。夕方から、その方ご夫婦とヨーコと私で月島でもんじゃ焼きを食べに行きました。トライアスロンに関するお話を沢山聞かせていただきました。

 トライアスロンについては、とても悔しい、というのが私の本音です。仕事が最優先の生活でなければならない状況で、トレーニングに費やせる時間は限られている。周囲の人ほどの時間が取れれば、と思わないでもありません。しかし…。

 時間がないというのは単なる言い訳です。膝や肩も全快はしていません。それでも、工夫をし努力をし、時間を作り、少ない時間の中でも集中して効率的なトレーニングを。きっとできるはず。

 白い筋肉は先天的、赤い筋肉はトレーニングで作ることはできる、と聞いたことがあります。先ずはできるところから一歩ずつ。もう一度、あの頃の泳ぎと走りを。

 意欲の高い方のお話をお伺いするのは、とても刺激になります。今日はありがとうございました。

 ただ、ブログに関しては、トライアスロン以外のことが多くなることはご容赦ください。

 今度お目にかかれる時には、ヨーコの付き人?としてではなく、トライアスロンやってます、と言えるように。
 では。

2011.10.14 鉄道の日
 10月14日は日本では鉄道の日。1872年(明治5年)のこの日、新橋・横浜間で初めて鉄道が運行された記念日だよ。そして1972年には、鉄道100年を記念した切手が発行されたよ。

開業当時の岡蒸気の錦絵かな。
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動輪が4軸あるように見えるのでデゴイチかな? 写りが悪いけど、「つばめ」のヘッドマークも取り付けられているよ。
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山陽新幹線はもう開業していたんだね。
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この頃はもう、レールに耳を当て車輪の響きを聞く遊びからはもう卒業していたかなぁ。当時は瀬戸大橋は開通していないから、どれ程レールを追いかけても四国から出ることはできなかったのに、見知らぬ世界を追い求めていたような…。同級生の何人かは汽車通学していたっけな。

1970年頃は、ほかにも100周年を記念した切手が幾つか発行されたんだよ。明治になって、日本が近代化に向けてスタートしてから100年経った頃だからね。まだまだ右肩上がりの成長期だった。

1968年発行の灯台100年。
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1970年発行の学制100年。
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郵便操業00周年は1971年。小学生が描いた絵がそのまま使われたことで話題になった切手だよ。
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2011.10.13 犬かきの練習
 最近、23歳のNさんと一緒にスイム練習をしています。Nさんはヨーコの通っていた大学の年下の先輩です。在学時は体育会水泳部に所属していて日本選手権にも出場していました。在学中は、トライアスロンのスイム練習だけでなく、体育実技の水泳授業などでも随分お世話になりました。そのNさんが今、私たちが通っているスポーツクラブでアルバイトで働いており、空き時間に合わせて一緒に練習するようになりました。

 Nさんと一緒に練習するようになって、犬かきを教えてもらいました。この犬かきは、肘から先だけを使います。いわば、二の腕と手のひらを使ってスカーリングする感じです。Nさんの犬かきを見ていると、水中で2本の腕が、まるで水車(若しくは、ミシシッピー川を渡る外輪船の車輪)のように、クルクルと回って、とても芸術的な動きをしています。水をしっかり掴みながら、前に回す時には抵抗を作っていない感じです。チャレンジしてみましたが、なかなか上手く進みません。それでもとても効果のある練習のようです。続けてみようと思います。

 もうひとつ、人間抵抗器?の練習にも付き合っていただいています。水泳の練習で、プールサイドと足首をゴムロープで結び、そのゴムの抵抗に逆らって泳ぐのを見られたことがあると思います。民間のプールでこのような練習はできないのですが、ゴムロープの抵抗の代わりにNさんに後ろから足首を掴んでもらって、Nさんを引っ張って泳いで行きます。Nさんは伏し浮きの状態なので引っ張んて泳ぐとなるとかなりの抵抗になります。この練習は抵抗になってくれる人に相当の力がないと、前の人は上手く泳ぐことができません。そんな練習も出来るようになりました。

 後は、50mのインターバル。毎回10本行います。50秒~60秒持ちで、Nさんは32秒くらい(本当はもっと速いのですが私たちに付き合ってペースメイクをしてくれています)、ヨーコが38秒、私が43秒くらいで泳いで戻って来ます。この練習はスピードだけでなく、心拍数も意識して泳ぎます。心拍を上げすぎずこのスピードを維持することを意識しています。
 
 こんな練習を3人でやっていると、あっという間に3,000mは泳いでしまいます。そんな練習の成果でしょうか、ヨーコは500mでコンスタントに7分03~06秒くらいで泳げるようにまで戻ってきました。

 一方私はそんな練習をしても500m8分の壁が厚いです。3か月ほど前まで、7分45秒くらいで楽に泳げていたのが嘘のようで。そのレベルを維持するには、やはりそれなりの練習量をこなしていかなければならな井のでしょう。多忙は多分明日でひと段落しそうです。
2011.10.10 体育の日
 10月10日は、1964年に開催された東京オリンピック開会式の日を記念した体育の日。ハッピーマンデー制度が出来て、暦によっては10月10日と重ならない年も多くありますが、今年は休日と重なりました。
 東京オリンピックの年、私は小学1年生。当時の、東洋の魔女も、円谷幸吉さん、ヘーシンクさんも記憶にはないのですが、ベラ・チャフラフスカさんが床を飛び跳ねる姿だけは何故か脳裏に残っています。

 それから11年後、インターハイの開会式と、陸上の試合で初めて立った国立競技場は、田舎者の18歳には、あまりにも大き過ぎました。たった一度だけ走ったコースは第2コース。たった400mがとても辛いものでした。所詮、井の中の蛙でしかないことを思い知らされた1975年8月2日でした。

 それから25年ほど後、市民マラソンで日比谷公園スタートで国立競技場ゴールの10kmレースに参加しました。競技場内の最後の1周は第2コースを走り続けました。それが国立競技場を走った最後です。
 マスターズの全国大会などでは時折、国立競技場が使われているようです。もう一度、チャレンジしてみようかな。

 その競技場も、次の東京オリンピックに向け改修される予定があるとのこと。

 ということで、今日の切手のテーマは東京オリンピックです。

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下の3枚は、クリックすると拡大されます。
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2011.10.09 近況
 たいへん長らくご無沙汰してしまいました。私たちは元気で暮らしております。庭の鈴虫も二匹に増え夜毎鳴き続けております。ヨーコ勤務先の体育館まつりも無事終え、エアロビクス教室は御蔭さまで体育館が埋まるほどの盛況でした。お越しいただいた皆様、ありがとうございます。

 私は、9月の中間決算処理に加え、通信教育の答案がかなり集中してきたこともあり(夏休みを利用して受講された方が多かったようで、その答案がこの時期に返ってきています)、手が回りませんでした。
 もっとも、5分、10分のブログを更新する時間さえなかったのか、と言われますとそこまでではないのですが、なんとなく遠ざかってしまいました。後4,5日もすれば落ち着くと思われますので、思い溜めていたことなどまた、再開したいと思っています。

 なお、メール不具合は続いておりまして、この間、どなたからどのような内容のメールをいただいたのか全く確認できておりません。当然のことながらご返信も差し上げておりません。無礼者と御思いになられるかと存じますが、なにとぞご容赦くださいませ。もう暫くです
2011.10.01 鈴虫
 昨夜から、庭で鈴虫が鳴き出しました。心なしか途切れがちなのは、まだ鳴き慣れていないから? 日を追うごとに長く鳴き続けることができるようなるのでしょうか。
こんな夜は、浮世の憂さを暫し忘れて日本酒で杯を傾けよう。

 明日10月2日は、ヨーコが勤める世田谷区の体育館でのイベントがあります。日頃、体育館で行われているいろいろなレッスンやスポーツ教室の指導員や、参加者、子供たちが集まって「体育館まつり」が開催されます。体力測定や、各種レッスン、日頃行う機会のないスポーツなどの体験もできるそうです。ヨーコは週に1度のエアロビを担当しているのですが、当日はデモンストレーションと、レッスン指導をするらしいです。サクラで参加しようか、と言ったら断られました。天候は悪くないようなので、ご近所の方々が沢山いらっしゃってくれることを期待しています。

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今日の練習
 お互いの仕事の都合で、練習は別々。
 ヨーコは、スイム4000m。
      同じ大学に通っていた水泳部の年下の先輩と一緒にハードに泳いだようです。
 私は、ラン10km。
    涼しくなったためか、55分丁度で気持ちよく走れました。