2012年9月30日、本来は中秋の名月が眺められるはずでしたが、20時35分現在、関東地方は台風の進路に当たっており、雨雲が深く垂れこめ強風が吹き荒れ、とても月を見られる状況ではありません。なので、せめて切手だけで
も。
アポロ11号の人類初の月面着陸を記念した切手のようなのですが、発行国名、発行年の記載が全くありません。通常の切手として通用するかどうか分かりませんが、手元にある切手の中では、一番綺麗に月が描かれています。
月1

下の2枚は、月面着陸の記念切手。左はドバイ発行です。
図柄の下に、「今ここに、地球と言う衛星からやって来た人類が、月に初めて足を下した」と書かれています(多分)。
右の上の写真はアポロ11号、下の写真はアポロ12号の乗組員の写真のようです。
月3 月4

左は中央アフリカにあるルワンダ共和国の発行です。発行年が1970年になっているのでアポロ何号の物か、判明できません。
右はアラビア半島にある国の発行。アポロ10号なので、人類が月面に足跡を残す直前のものです。
月6 月5

ソユーズ9号が15日間、宇宙に滞在した(地球の周りを回った)記念の切手です。月から見る地球もまた綺麗ですね。いつまでも守って行かなければなりません。
月2

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2012.09.29 本日の来訪者
 28日今年初めて、トンボが来訪、ベランダにある干し竿立ての先に止まっているのを発見しました。
20120928本日のお客様

 ラン練習にも適した気候になりつつあります。キヨタは鶴見川沿いを26日は10㎞51分53秒、28日は11㎞1時間2分13秒。まだまだ回復途上ですが、12月の横浜マラソンで4年ぶりのハーフ完走が少し見えてきました。

 夕食はは、近所の韓国風焼き肉。7~9月の毎週金曜日恒例のビール割引も28日が最終。ここの牛すじ煮込みは逸品です。
サラン2 サラン1

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9月22日、港区SC.RCのメンバーと午前中に無料開放の日産スタジアムでラン練習、そして午後から綱島温泉での宴会。

 日産スタジアムは1998年に完成した競技場で、サッカーワールドカップの決勝戦も行われ、陸上競技の国際的な大会も開催されています。月に何度か無料開放日があり、多くの一般ランナーの他、陸上部員やグループが多数、利用しています。このため利用者の競技レベルにはかなり差があります。このため9レーンある陸上トラックは種目や目的によって利用できるレーンが異なります。長距離やジョギング、ウォーキングは2~4レーン、中距離が5,6レーン、短距離は7,8レーンと決められています。私たち中高年は競技者の邪魔にならないよう第2レーンを肩身を狭めて走るようにしています。ただ、いつものことながら決められたレーンを守らない競技者も少なくありません。特に高校・大学の陸上部員が短距離練習に3,4レーンに侵入してくることが多いのは残念なことです。
 それでも小学生や中学生の子供たちが元気に走っている姿を見て、こちらも楽しく走ることはできます。港区SC.RCのメンバーはそれぞれのペースでトラックで10~15㎞走り、その後、宴会場の綱島まで鶴見川沿いを約5㎞ジョギングしました。曇り空で、連日の猛暑から解き放たれ、程よい練習ができました。
SN3R0238.jpg

綱島温泉には総勢11名が参加。今夏の四国合宿の画像など見ながら凡そ5時間を過ごしました。

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2012.09.20 人為的ミス
  オスプレイについて、今年海外で起きた2件の墜落事故の原因について日本政府も、「人的要因で、機体のシステムによるものではない」との見解を発表、国内での飛行を認める安全宣言を出しました。これで10月中に普天間飛行場で本格運用が始まる見通しとなりました。

 オスプレイの物理的な構造やその安全性に関しての知識はないが、立て続けに起こる事故を、人的ミスだけで片づけて良いものかどうか、との疑問は残ります。

 オスプレイに限らず、日常のシステムや制度、機材の運用上、ミスが続く時、単にそれを運用、操作する人にのみ原因があるとは考えにくいのです。人にはミスはつきもので、どれ程優れたシステムであってもミスは起ります。ただ、オスプレイの様に、複数の操縦者が、複数の場所で事故を繰り返すのは、オスプレイに人の能力が付いて行っていないように思えます。人が事故を繰り返すのは、人の責任だけでなくオスプレイそのものに事故を誘発しやすい欠陥や未整備の所があると疑われます。人が安全に操作できないシステムは、操作できない人に原因があるのではなく、安全に操作できないシステムが未完成であると思います。

 会社の中でも社員はミスを犯します。その時、単に社員を責めるだけでなく、手順や仕組み、組織全体の中で、人がミスを犯しやすいところがないかどうか、見直してみることも大切だ、と感じました。

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2012.09.17 正札
 「札付きの」とくれば「大悪党」。そしてアメ横の「正札」とくれば「交渉次第でいくらでも値を下げますよ」という金額。
 上野アメ横にあるスポーツ用品店へ買い出し。合計5品のお買い上げ。正札に記された売値の合計は45,600円。実際の支払金額は16,100円。いかにアメ横とは言え、表向きの値段と実際の値段の差の大きいこと。もっとも正札にかかれた金額は少し高めでは?と思われる品もありましたが、全て一流メーカーの製品でした。キヨタは走り込みに向けての底の少し厚いシューズを手に入れました。
 この店には、ウエア、ランニングシューズ、水着の他、ありとあらゆるスポーツ用品が並べられています。

20129016御徒町 20120916御徒町1

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 中東イスラム圏で反米デモが広がっています。米国で作成された映像が原因とされています。もともと根強かった反米意識にこの映像が火をつけてしまったようです。イエメンでも死者が出ました。 アメリカの人類初の月面着陸を称えた切手も発行しているくらいです。両国間で平和的に解決できないはずはない、と思うのです。
120915イエメン7
先日、アポロ11号のアームストロング船長がなくなりましたが、月面に降り立った時に発した言葉を丁寧に再現し、足跡を残しているのが、とてもかわいい、というか、いじらしいというか、好きな図柄の切手です。イエメン王国時代の切手です。

 下の6枚はイエメン・アラブ共和国時代の切手。アポロ12号が打ち上げられてから月面に着陸し、地球に向け帰還しようとしている行程を表しています。年月日や月面滞在時間が正確に記されています。
120915イエメン6 120915イエメン5 

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 イエメンは紀元前1,000年頃、シバ王国として興ったとされています。先日、世界の切手で紹介した女王が治めていた国です。日本では縄文時代の後期(一部の説では弥生時代が始まった頃)になります。邪馬台国の女王卑弥呼が歴史に名を残す1,200年ほど前です。

 シバ王国はシルクロードのインド洋の海路とアラビア半島の陸路の接点にあったことから交易に伴う通行税収入や、特産の乳香(宗教儀式に使う香料)による収益で繁栄し、その収入をもとに古代巨大ダムを建造し農業も発展していたようです。この為「幸福のアラビア」と呼ばれていたそうです。ところがその後、航海術の発展に伴い、交易のルートがインド洋から紅海を経て地中海へ向かうルートが一般的になったことから、次第に廃退していき、紀元後570年にダムが崩壊してからは歴史の表舞台からは姿を消しました。

 その後は、小さな王国が乱立した時代を経て、エチオピアやオスマントルコの支配下になったり、南部の港がイギリス領になるなど苦難の時代が続きました。1919年にオスマントルコが第1次世界大戦に敗れたことから、イエメン王国として独立をしましたが、1962年には軍人を中心としたクーデターで、イエメン・アラブ共和国ができました。ただ南部はイギリスが撤退した後、共産圏の支援を受けていたこともあり、南北に分断された状態でした。

 1970年代には南北間での内戦もありましたが、ソ連邦の崩壊もあったことから1990年5月に、漸く南北が統一されイエメン共和国となりました。ただ、その後も南北間での内戦は収まらず、米国からも敵対視されている状況が続いています。 シバ王国以降、安定した国の状況ではないのですが、私が持っている切手で、国別にすると上位2,3カ国目になるくらい多数の切手が発行されています。多くの国の切手の図柄が、動植物や自然、風土などを描いたものが多い中、イエメン(王国時代やイエメン・アラブの時代も含め)の切手には、宇宙開発やオリンピックに関連する切手も多いです。国家が安定しない中、宇宙やオリンピックに理想や平和を求めていたのかもしれません。

これはイエメン・アラブ共和国時代に発行された、札幌オリンピックを記念する切手です。
120915イエメン8

イエメンの切手は、適宜、ご紹介させていただきたいと思っています。

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2012.09.11 船の切手3
先ず、番外編。
 9月8日に掲載しました、ソロモンの王を訪ねるシバの女王。現代風な八頭身美人に描かれています。
20120911シバの女王

左:おなじみイエメン王国の切手。William J.Aylward(1875~1956)の画いた「Flying Cloud」号。
Flying Cloud号は、1859年~60年にかけ、ニューヨークからサンフランシスコまで、南米のホーン岬を回るルートで898日かけて航海したそうです。ゴールドラッシュに沸く人たちをアメリカ東海岸から西海岸へ運んだそうです。
右:ST.chrisutopher nevis・anguilaの切手。1650年当時の2階建て英国軍艦が描かれています。セントクリスファー ネイビス・アングリアは、カリブ海に浮かぶ英国領の島でした。1967年に自治権を得て、1980年にセントkurisuファーネイビスは独立、アングリハは英国領のままになっています。
20120911船の切手6 20120911船の切手5

左:切手の発行国はパナマですが、ポルトガルの画家Roque Gameiro(1864~1935)が描いた帆船が図柄になっています。帆に描かれた十字はコロンブスがリスボンから乗った船の帆と同じなので、その様子を描いたものでしょうか。「CORREOS」はスペイン語では郵便のことらしいのですが、断言できません。
20120911船の切手3 

左:1958年に発行された、ブラジル移住50周年を記念した切手です。明治政府が近代化を進める中で、農地に税金をかけるようになりましたが、その税金が払えず農地を手放した人が多くいました。政府はそれらの人を海外へ移住させる政策を取りました。1908年、「笠戸丸」に乗り込んだのはブラジル政府から補助を受けた人たち781人の他、自由移民と呼ばれる人たちも多数いました。ブラジルでの生活は文化の違いなどもあり、困難を極めたようです。船での移民は1973年が最後になりました。総勢24万3千人の人たちがブラジルに移りました。
右:1969年に発行された、原子力船「むつ」の浸水を記念した切手です。「むつ」は1968年11月27日着工、1969年6月12日に進水しました。1974年には放射能漏れを観測、母港の大湊へ帰ることができず、国内の海を彷徨しました。
結局、1993年には原子炉が撤去され、1996年に海洋地球研究船「みらい」として生まれ変わりました。

二つとも、日本の近代史の中で、いろいろ考えさせられることです。
20120911船の切手2 20120911船の切手1

番外編その2
 3枚一組と思われますが、どこの国の切手か、解読不能です。
 絵柄がかわいかったので載せてみました。
20120911船の切手4 20120912切手1

20120912切手2

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 9月7日の最高裁で、被告人の有罪か無罪かを判断する目的として、その被告人の前科を証拠として使う危険性を懸念した判断が出た。極めて穏当な判断であると思う。

 今回の事件は、被告人が窃盗目的で民家に侵入した後に放火したとして、住居侵入並びに窃盗、現住建造物等放火の罪で起訴されたものだ。この被告人は20年前にも同様の事件を起こした前科が10件あった。これに対し東京地裁で開かれた一審の裁判員裁判では、検察側が提出した被告人の前科10件の証拠を「裁判員に不当な偏見を与えるおそれがある」として裁判所は証拠としては認めなかった。検察側としては過去にも同じ事件を起こしているので今回もこの被告人が事件の犯人であることを立証しようとしたのだろう。しかし裁判所は証拠を却下した。そして判決は、住居侵入と窃盗について有罪とし、現住建造物放火については無罪となった。
これに対し二審では、今回の事件の手口が被告人の前科とよく似ているとして、一審の手続きは違法と判断した。それを受けて弁護側が上告していた裁判での9月7日の最高裁の判断で、被告人の前科を証拠として用いるのは根拠の乏しい人格評価につながりやすく、事実認定を誤らせるおそれがある、として、前科を証拠とすることに制限を加えた。平たく言えば裁判員が「その人は前にも同じような罪を犯したから、今回もまた犯したはずだ。」という思い込みよる判断をしないようにしなければならない、ということ。

 裁判に限らず、私たちは日常でも人と接する時、その人の過去や経歴に縛られ今目の前にいる人に対し予断や偏見を持ったり、誤った評価をしてしまうことは少なくない。所謂、色眼鏡を通して人を見てしまうことは人の「感情」としては実際には少なくはない。
 しかし、普段でも、特に裁判の場ではそれはあってはならないこと。裁判では今回問題になっている事件の、現場・現物・現実を客観的に判断して、被告人が有罪であるか無罪であるかを決めなければならない。今回の最高裁の判断は、一般市民である裁判員に、被告人に対する予断・偏見を与えないために、被告人の前科を証拠として使うのに厳しい制限を与えたものである。

 ただ、日本の裁判員制度はアメリカの陪審員制度などと異なり、有罪か無罪かを決めるだけでなく、有罪であった場合どの程度の罪が妥当であるかという量刑の判断まで裁判員に求められる。このため、量刑の判断をする場合は、その人の前科の有無も大きな判断材料になってくる。再犯のおそれがあるかどうか、が大きくかかわってくる。
 前科は、有罪か無罪かの判断には用いず、量刑判断の材料だけにしなければならない。これは一般市民には難しい使い分けであり判断であると思う。
 現に9月8日付朝日新聞朝刊39面に今回の最高裁の判断に対する裁判員経験者二人の「前科があれば逆の判決(無罪ではなく有罪)になっていたと思う」、「前科を聞いたうえで有罪か無罪か判断したい。被告(人)の全体をみて判断したいから」というコメントが出ていた。私はこれは誤っていると考える。有罪か無罪かは、あくまでも目の前の事件に関する証拠のみを客観的に判断するべきであり、被告人に前科があるから有罪、というのは違う。そして被告人の全体を見て判断するのは量刑に関してのみであり、有罪か無罪かの判断材料にしてはならない。この辺りがまだ裁判員制度に対し私たち市民は成熟していないと思う。

 予断・偏見を防ぐための裁判員制度の改正や裁判官の工夫が求められているが、むしろ、これらは私たち自身が日ごろから偏見や予断をもって人と接しない、と言うことが大切になってくることだろう。難しいことだが、裁判員制度を通じて今問いかけられている。

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2012.09.08 船の切手2
左:船の切手1にも載せましたラアス・アル・ハイマの切手。
描かれている肖像画は、AHMED BIN MAJED。
1432年に生まれたとされるMAJEDは、最初のアラブ船員と呼ばれ、海のナビゲーターとして知られています。インド洋からアフリカ、ヨーロッパに至る航路地図も造り、ヴァスコ・ダ・ガマの喜望峰発見にも貢献したそうです。

右:POLSKA=ポーランド=の切手。POLSKAというのは、原野を意味するPoleが語源と言う説もあります。描かれている地図は、LEONID TELIGA の 航跡です。TELIGAは、1917年にロシアで生まれ、その後独立したポーランドに帰国しています。セーリングに強い興味を持ち、1967年(50歳の時)にアフリカのカサブランカから西へ向けてヨットで出航。大西洋、パナマ運河を経て、太平洋、インド洋から喜望峰を回り、カサブランカに帰港しました。その功績を称えた切手と思われます。
船の切手201209072 船の切手201209073

左:イエメン。MUTAWAKELITE王国時代(1918~1962年)の発行。描かれいるのは、伝統的な漁法でしょうか。詳細は分かりません。

右:セネガル。西アフリカにある共和国。画像を拡大していただくと読めますが、右下に「COURSE DE PIROGUES」と書かれています。PIROGUESは、丸木舟のこと。皆で丸木舟の競争(ボートレース)をしている様子が描かれています。
船の切手201209075 船の切手201209074

左:ポーランドの切手。北欧のヴァイキングの船が描かれています。ヴァイキングは8世紀から300年間ほど、北欧の海を拠点に活動した海賊集団と言われていますが、現在では、普通の漁業や農業などにも従事し、北欧一帯に住んでいた民族全体の呼び名としても浸透しつつあるようです。

右:イエメン王国の切手。これも画像をクリックして拡大していただくと、図柄の下に「Queen of sheba's visit to King Solomon」と記されています。これは旧約聖書に出てきて、映画や音楽で有名な、シバの女王が、自身の悩みを解決するために ソロモンの王の知恵を借りに出かけた場面を描いています。紀元前10世紀頃の出来事とされ、シバの国の所在には、エチオピアとイエメンの二つの説があります。この切手はシバの所在地はイエメンのMARIBであるとの前提で、紅海を北上しソロモン王のいるJERUSALEM(エルサレム)へ向かった航跡が記されています。
ただ、紀元前10世紀頃にこれほどの船があったのか、少し驚きです。
船の切手201209076 船の切手201209071

番外:シバの女王がソロモン王を訪ねる旅の陸路
シバの女王


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  DNSとDNF。トライアスロンやマラソン、陸上競技のトラック種目や競泳等、一定の距離の中で競うスポーツ競技のレース結果にしばしば出て来る。DNSは参加資格はあるけれどスタートせず棄権すること。DNFはスタートはしたけれど途中で止めて棄権すること。共に完走しなかったことに変わりはないが、DNFの方が「最後まで諦めずゴール目指して頑張りましたよ」的なイメージがある。これに対しDNSは、「なんだ、挑戦しようとすらしなかったのか」みないなイメージ。

 9月1日の神津島アクアスロン。キヨタは迷ったあげくDNS。理由は体調不良。東京から神津島に向かう夜行の船の客室の冷房が効きすぎていたのに薄着のままでいたのが原因のようだ。レース当日も朝から寒気がしていた。レースは午後からなので、午前中ずっと重ね着をして30度近くの外気に触れていたが汗は出ず。結局、受付までは済ませたがDNS。
 同行者たちからは、「行けるとことまで行ってみたら。」とか「この距離(スイム1.5㎞+ラン10㎞)なら何とかなるよ。」と言われた。念のため、ウエットスーツも持って行っていたので、それを着れば確かに、何となくなるかもしれない。けれど、レースで、特に海でのスイムがあるレースでは、「行けるところとまで行ってみる」と言う選択肢はキヨタにはなかった。海での思わぬ事故が怖かった。万一の時は自己責任だけでは済まされない。ウエットを着てまで参加しても、多分後悔が残るはず。

 それでも、応援で走り回っている間に体調は戻って来たし、出ればよかったかな、との思いもないわけではない。他の参加者のゴールタイムを見ながら、この辺りではフィニッシュできたかな、などとも思っていた。やっぱり、例えDNFになろうとも、スタートすればよかったのかなぁ。迷いは尽きない。けれどスタート時点までに体調を整えられなかったのが悪い。DNSは今回が最初で最後にしなければ。

 そんなキヨタも少しだけ安堵したのは、今回の神津島アクアスロンは参加者が募集定員に満たなかったこと。もし参加希望者が多くて、抽選なり書類選考なりで落選して、参加したくても参加できなかった人がいたら、DNSやDNFは申し訳ない。トーナメント戦の高校野球で、勝ったチームの選手が「負けた相手のためにも次の試合も勝ちます。」と言っている心境かな? トライアスロンを始めた頃、レースの実績がなくなかなかレースに参加できなかった。そのレース結果を見てDNFの人が多いと、棄権するくらいなら自分を出してくれよ、などと思っていた頃もあった。立場が変わっても思いは変わらない。

 ところで、このDNS と DNF。英語は不得手なので調べてみたら、Do Not Start(Finish) の略と、Did Not Start(Finish)の略という二つが出て来た。スタート(フィニッシュ)しなかったと言う結果を表すなら、やっぱりDid? しかもDidなら、自分の意志でスタート(フィニッシュ)しなかったような感じ。一方、Do Not Start(Finish)と言われるとスタート(フィニッシュ)するな!と禁止させられたり、お前にはスタート(フィニッシュ)する資格はない!と言われた感じ。
 今回のキヨタさんは、Do Not Start だったのでしょう。

 それにしても、横浜DeNAは大丈夫か? 阪神Tigersを追い越さないでね。

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2012.09.06 船の切手1
この夏、瀬戸内海や伊豆諸島で船に何度か乗りました。
世界には船に関する切手も少なくありません。

左:DAHOMEY
ダホメは西アフリカに位置し、1960年~1975年に存在しました。現在のペナン共和国です。小型ボートに乗った女性の勇ましい顔が描かれていますが、かつては女性兵士の軍団も編成されていたようです。
右:RAS AL KHAIMA
ラアス・アル・ハイマと読むようです。アラブ首長国連歩王(UAE)のペルシャ湾に面した地域で、古くから海運や漁業の拠点だったようです。砂丘もあるそうで、船の置かれている背景はその雰囲気が感じられます。
船の切手1  船の切手3

左:CAYMAN ISLANDS
ケイマン諸島。経済のニュースなどでしばしば名前が出てきます。タックスヘイブンで、租税回避やマネーロンダリングなどに利用され、その面だけ取れば必ずしも良いイメージではありません。西インド諸島の中にある英国領で、切手にもエリザベス女王の肖像が描かれています。3つの島で構成されていて人口は凡そ4万人。ケイマンの呼び名は、カリブ海の言葉で「ワニ(鰐)」を意味するケイナマスが語源とされています。本来は長閑な南の島なあのでしょう。
右:SINGAPORE
シンガポール。英連邦のため、ここにもエリザベス女王が描かれています。
船の切手5 船の切手4

AJMAN
アジマーン。図柄は中国の川遊びを描いたものと思われるのですが、先ほどの同じUAEに属するラアス・アル・ハイマより内陸部にある地域で発行されています。
船の切手7

ANTIGUA
アンティグア。カリブ海東部にあります。切手のタイトルは、CARIB INDIAN AND WAR CANOE。カリブの海賊の末裔でしょうか?
船の切手8

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 9月1日(土)に開催された神津島アクアスロンに参加してきました。1日休みを取って、29日(木)の夜23時に東京の竹芝桟橋から旅客船で出発、翌30日朝8時30分頃に神津島に着きました。

神津島へ向かう船上より。
利島(トシマ)。冒険映画に出てくるような南の孤島の雰囲気があります。
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太平洋は穏やかで、夏の名残の雲が広がっています。
写真右は式根島の向かいにある無人島です。
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遠く見えるのが三宅島。
右は式根島から北を振り向くと、新島、利島が見えます。
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式根島の向こうに、神津島が見えてきました。
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東京を出港し凡そ9時間、神津島が目前です。
乗って来た船「サルビア丸」。
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 神津島は伊豆七島のほぼ中央にあり東京から178㎞の距離です。東京の竹芝桟橋とは客船の他、ジェット船も運行されており所要時間は3時間45分。他に調布飛行場と神津島空港間は小型定期便で35分で結ばれています。島の面積は18,87平方キロメートル、島の周囲は22㎞で、凡そ830世帯で2,000人弱の島民が暮らしています。主な産業は、漁業と観光。古くからカジキ漁が盛んだそうです。島名の由来は、神代の昔に事代主命(コトシロヌシノミコト)が島造りのために、神々を集め相談する拠点が「神集島」であり、そこから「神津島」の名前が付けられたとか。港の近くには神々が集まって水をどの島にどれだけ配るか相談した跡としてモニュメントも建てられています。

今回は毎年伊豆七島のレースに一緒に参加している仲間の内、私たち含め4人がレース前日の金曜日に島内を観光しました。私以外は皆、神津島は初上陸です。島内には数か所の海水浴場があります。白砂のビーチだけでなく、シュノーケリング(泳ぎか得意なら素潜り)でも十分楽しめる岩場もあります。

島の東側にある多幸湾。漁港もあります。
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島の北西端にある赤崎。木組みの遊歩道が設けられており、子どたちが飛び込んだり格好の遊び場になっています。岩場には亜熱帯魚が無数に泳いでいてシュノーケリングや少し沖合いはダイビングの有数のスポットです。
写真右:大人は10m位の岩場から飛び込みます。
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遊歩道からは伊豆七島や太平洋が望めます。
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島の北端にある返浜(カエシハマ)。地元の人ですらほとんど行かない白砂のビーチです。私たちが行った時は他にカップルが一組いただけで、プライベートビーチそのものです。
浜の両端には岩場や切り立った崖があり、ちょっとだけワイルドだぜぇ、って感じも味わえます。何時間泳いでいても、そして砂浜で昼寝していても飽きることはありません。何十年ぶりでしょうか。童心に帰って砂の砦造りに勤しみました。
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神津島は黒曜石の産地でもあります。伊豆七島の中ではここでしか採れないそうです。
写真左:湾の向こうに見えるのが黒曜石の地層。
写真右:冷風穴。何が原因の現象か、穴の中から冷たい風が吹き出してきています。
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島内には標高524mの天上山の他、各所への遊歩道も整備されていて、海以外にも楽しみ方はたくさんあります。
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 また、アクアスロン大会後のパーティでは、金目鯛などの船盛を始めとした魚料理の他、島特産の塩辛やところてんや島民手作りの料理が所狭しと並べられていました。お腹を空かしたアスリートでも食べきれないほどでした。また、ビールや神津島の豊かな水で作られた麦焼酎「盛若」は飲み放題。そんな南の島の休日でした。
(※ レース状況は、リンク先「KIYO & YOKO 鐡人倶楽部」にて)

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