行きつけの床屋さん

 ここ数日、左肩と肩甲骨周りに痛みがあり、疲れが溜まっているなぁと感じていました。泳いでいても違和感がり、ランニングの腕振りもしづらいくらいでした。行きつけのマッサージ店に行こうと思っていました。ところが、昨日行った、これまた行きつけの床屋さんで、散髪の後、ほんの2,3分だけでしたが、肩をも揉みほぐして貰え、随分楽になりました。お蔭で、昨日と今日、スイム500mのインターバルで、プルブイ付ながら8分丁度で泳げました。ラン練習でも普通に走ることができました。

 最近は言葉使いも難しく安易に使うと、差別用語とか職業蔑視とか言われかねないので、「散髪屋さん」と言う言葉を使ってもいいのかどうかわかりませんが、キヨタの行きつけの床屋さんは当に散髪屋さんという表現がぴったりの所です。ヘアサロンというような場所はどうも苦手で、なかなかお気に入りの散髪屋さんを見つけるのは難しいのですが、今の住まいに移って直ぐ見つけた店で、もう6年余り通っています。60歳代のご夫婦が営んでいて、主にご主人が対応してくださいます。忙しい時に奥さん、そして極めてまれに義理の娘さんが手伝っておられます。初めて行った時から思い通りの長さと形にしてもらえ、以来、阿吽の呼吸と言うのでしょうか、今では店を訪ねて顔を合わせれば後は「ああして欲しい」とか「長さはこれくらいに」と言う言葉を交わさなくてもいつも通りに刈り揃えて下さいます。因みにキヨタは裾を借り上げてもらっているのですが、バリカンは6ミリで調整し、薄さが気になる前頭頂部は少し長めに残してくれます。

 さらに気に入っているのは、ご主人が調髪中に必要以上に話しかけてこないことです。お店の人との会話も一つの楽しみかも知れませんが、球の休みの散髪中、物思いに浸りながら寛いでいたい気もしますので、余りあれこれと話しかけられ続けても疲れることもあります。その点でも意気投合している感じです。
 
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月例マラソン

 今月で4カ月連続の参加。キヨタは前日、練習でほぼ同じコースを走りました。北風がかなり強く向かい風の中では前のめりになりながら、途中、工事個所があり迂回したため往復で10.3㎞ほどを、51分26秒。ほぼキロ5分のペースでした。
 今日は気温は低いものの、風は多少弱まっていました。二人とも10㎞だけの参加。ヨーコは42分台でした。先月の月例以来、トレーニングとしては1mも走っていなかった状況では十分な出来でしょう。キヨタは48分48秒。前日の疲れが残っていた中では、こんなものでしょう。その後、二人でスイム練習に行きました。

 鶴見川沿いは、まだ春の気配は感じません。3月2日には港区SC.RCの仲間と、鶴見川近くの大倉山公園他で寒梅ジョグの予定ですが、それまでには春めいて欲しいものです。

 ただ、近年、春を待ち遠しいという思いが多少薄れています。花粉、黄砂、さらには新しい粒子とかが多数飛散する季節になりました。春を通り越して一気に夏になってもらえれば、個人的には嬉しい。

先日、ヨーコが勤務する学校近くで撮った虹。3年生も卒業を控え、それぞれの夢や目標に向け、虹を追いかけて欲しいものです。
虹

マラソンランナーの遺書

 今から半世紀近くも前。有名なマラソンランナーが自殺したらしい、と知った記憶がある。今から思えば小学校5年生だった。ただ当時は、マラソンと言うスポーツも、自殺と言う行為も身近になかったので、その意味も重みも、子供心にすら感じていなかったのは事実である。
 
 そのランナーの名と実績を知ったのはそれから3,4年後、中学生の時だった。切っ掛けは、ピンクピクルスと言う女性ボーカルグループが歌った「一人の道」という曲だった。イントロ部分には東京オリンピックでのマラソンの実況中継の録音が入れられていた。実況でアナウンサーは何度も叫び続けていた。「円谷危ない。」と。
 
 円谷幸吉さん。1964年の東京オリンピックのマラソンで、42㎞近くを走り終え競技場に戻って来た円谷さんはあのアベベに次いで2位だった。ただ背後には3位の英国選手が迫っていて、勢いは3位の選手の方にあった。その状況をアナウンサーは伝えていたのだ。そしてゴールまで200m余りの所で追い越されゴールしたのは3番目。「もう少し早く、3位の選手が近づいていることに気づけば。」とも言われるが、「決して後ろを振り向くな。」という父親から教えられた言葉を守ってのことだったとも言われている。それでも東京大会のメイン会場であった国立競技場の表彰用ポールに唯一、日の丸を翻させた選手となった。ただその功績は、称えられると同時に次のメキシコオリンピックでの更なる活躍が期待され求められる立場にも立たせた。

 そのランナーがメキシコオリンピックが開催される年の1月9日に自殺した。故郷の須賀川に帰省し、両親や兄弟、親せきと新年を祝った直後だった。享年は27歳。

 東京大会の後、体に故障を抱え手術も経験し、なかなか調子が上がらないにも拘らず、メキシコ大会への期待だけが高まる中で起きた悲しい出来事と捉えられている。また、結婚を望んでいたにもかかわらず、メキシコが終わるまでは止められていたことも一因とする人もいる。

 拙い情報の中で知る限りでは、自衛隊員だった円谷さんの周囲で腕力による制裁や体罰は行われていない。それでも、オリンピックのマラソンで銅メダルを取るほどのランナーは自殺した。それは腕力以外の、オリンピックで結果を出すことを求められる重圧によるものだったと思う。

 近頃のスポーツ界の体罰問題の背景に勝利至上主義があるとも言われています。ただ勝利を望むのは選手や現場の監督、コーチだけでなく、一般の人や煽るマスコミにもあるではないか、と感じています。勝利至上主義を批判する新聞社が主催する高校野球の全国大会も、県大会初戦で1対24で負ける高校には門戸は開かれていません。

 2020年の再度の東京大会へのPRが進んでいます。地元開催となれば国内の選手への期待もいつも以上に高まるでしょう。それでも円谷さんのような事態は、「オリンピックを楽しんで来る」選手の多い現代では起こりえないことかもしれません。ただ、川端康成や多くの作家が感嘆した円谷さんの遺書は、「メキシコオリンピックの御成功を祈っています。」と言う言葉で結ばれています。オリンピックの重圧に耐えかねてもなお、オリンピックの成功を願っていることが、とても悲しく思います。体罰をなくす方策は現場だけにあるのではないはずです。

表彰台で手を挙げている円谷さんです。今どきのように、メダルを噛んだりすることはありません。お人柄もあるのでしょうが、朴訥とした印象を受けます。
円谷幸吉さん
 
 ご関心のある方は、円谷さんの遺書や「一人の道」はネットで検索できます。


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大三島トライアスロン

 大三島(オオミシマ)は愛媛県の瀬戸内海にある海岸線長88.8㎞の島です。しまなみ海道を形成する島の一つで、広島県境にあり、本州から渡ると4番目の島になります。以前は愛媛県越智郡に属していましたが、所謂、平成の合併により今治市の一部となりました。島内にある大山祗神社は、全国の国宝の甲冑の8割が集まっており、中には源義経が使っていた物も納められています。

 その大三島で、今年9月にトライアスロンが開催される計画が持ち上がっているようです。

 愛媛新聞記事
  ↓
大三島トライアスロン

 記事によると、距離はスイム1.5㎞+バイク(自転車)40㎞+ラン10㎞計51.5㎞の予定です。今治出身のキヨタとしては関心もありますし、成功して欲しいと願ってはいます。
 ただ、愛媛県内には既に1986年から開催されている中島や、昨年から始まった愛南そして伊予市で、今回予定されている51.5㎞タイプのレースが3大会あります。また8月には大三島の直ぐ近くにある広島県三原市のさぎ島でも同じ距離の大会が23年続いています。さらに、この時期には今年から始まる大会も含め、各地で長距離の人気レースが開催されることを考えますと、「トライアスロンの島として全国に売り出したい」という意気込みが、どこまで実現できるか、多少不安も感じています。27回続いている中島でも、参加者の大半は地元やせいぜい関西在住の方ですし、トライスリート以外の一般の方に全国的にどこまで「中島」が認知されているか、となりますと不透明です。

 今はトライアスロンへの人気が高く、参加することも難しくなっていますので、開催されるとなれば希望者はいると思います。それでも安易にブームにあやかろうとするのではなく、他の近隣大会とは異なった特色を持った大会が開催されることを願っています。51.5㎞に拘らず、島全体やしまなみ海道の橋を使っての、もう少し長い距離の大会にすることも、少し長い目で考えてみてもいいのではないか、と思います。また、なかなかレースに出られない人も少なくないことから、他の大会とも連携して、参加者の棲み分けをして、一人の人に複数の大会参加は自粛してもらうなど多くの人に参加できる機会を広げてあげることも考えては良いのではないかと思います。県内や近県の他の大会に参加している同じ人が、そのままこの大会に参加してくるようでは、住民有志の方々の意図とは離れてしまうように思います。それより何より、大三島にはトライアスロンで売り出すより、もっとアピールできる観光資源があるようにも思います。

 実家に近い大三島には出てみたい気はしていますが、中島に第1回から参加できていますので、この大会は当日ボランティアとして参加できればいいかな、という感じです。

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カーフマン南関東大会

 2月3日、カーフマン南関東大会に競技スタッフとして参加しました。そして上田 藍 選手の笑顔を見ました。

 先ず、上田 藍 選手とは、昨年のロンドンオリンピックも含め過去2度、トライアスロンのオリンピック日本代表になった女性選手です。そんな上田選手に笑われました(嗤われた、のではなく苦笑いというか、兎に角、笑顔を投げかけられました)。

 カーフマンとは第1ラン+バイク(自転車)+第2ランを一人の選手が連続して行うデュアスロン競技の大会名です。kiyoは今回、競技スタッフとしてこの大会に参加しました。役割は、バイク終了地点をレース参加者に伝えることです。トライアスロンでもデュアスロンでも、バイク部門を終えた時にバイクから降りなければいけないラインが明確に定められています。コース(道路)上に白線が引かれたり、テープが貼られたりしています。ルールとしては、バイクを終える時は、このラインを越える前にバイクから降りて地面に少なくとも片足を着けていなければなりません。もし足を着けるのがそのラインを越えてしまうと、反則としてランに移る前にペナルティボックスに所定の時間、入っていなければなりません。その間もレースは進んでいますから、反則を犯すと時間のロスが生じてしまいます。ですから、スタッフの役割としては、レース参加者にラインの位置を手振りも含め明確に伝えてあげる必要があります。勿論、本来はレース参加者自身がレース前にラインの位置を確認し、レース中にスタッフが伝えなくても参加者自身の責任として把握しておくべきことですが、スタッフとしても、できるだけ反則者を出したくないことと、ライン付近での混乱を避けるために現場で指示を出しています。私はその役をしていました。今回のバイクコースは1往復約5㎞を6往復しますので、このラインはバイクを終了する人だけでなく、次の周回に入る人も越えていきます。ですからラインの手前に走ってくる人がバイクを終える人か、次の周回に行く人かを見極めることも求められます。バイクを終える人の殆どはライン手前でスピードを落とし、片足をペダルから外そうという仕草をされますので見極めがつきます。ただ中にはライン直前まで全力で走ってくる人もいて、そのままのスピードで次の周回に行くのかと思うと突然止まって来たりします。こちらの指示も遅れることでラインを越えてしまうだけでなく、他の参加者に接触しそうになったりととても危険です。しかも、だいたいそのような乗り方をしている人は、バイクを降りる時にシューズが上手く脱げなかったり、足が縺れたり、時には転倒して、結局は本人にとってもロスタイムが生じたり無駄な労力を要したりすることになるのです。ライン直前での1,2秒を焦るのなら、30㎞のコースの中で4,5秒頑張った方が良いはずなのですが、あくまでも参加者自身が自信の技量を弁えてレースに臨むべきと思います。

 話が本題からそれましたが、今回の大会では、午前中に一般アスリートや小中学生のレースがあり、午後からエリートの部と言われる日本代表や競技レベルの高い選手だけのレースが行われました。この出来事はエリートの部で起こりました。エリートの部は女性と男性が時差スタートした後第1ランを終えレースは順調に進み、バイクでは女性トップグループ2人が5往復目に入って暫くして男性トップグループが最終の6往復目に入って行きました。その女性2人の内の一人が上田選手でした。
 そして、それぞれの往復を終える前には、男性が女性グループの前に出ていました。役目としてバイクを終える男性トップグループ10人余りに対し、私はライン手前で、そこがバイクの終了地点であることを告げるとともに足を着けてくださいと呼びかけ続けていました。そのグループの後に2人のグループが見えてきました。それまでのレース展開からそれが女性トップの2人であるはずでしたが、私はその2人も最終往復を終えた男性と勘違いし、バイクを降りるよう声をかけました。すると、前にいた方の選手が笑って首を横に振りました。その時改めて、その2人が6往復目に向かっていくことに気づきました。私の勘違いによる指示でスピードを緩めたり戸惑ったりするとレース展開にも影響を与えかねないところでしたが、笑って済ませてくれたことに胸を撫で下ろしました。サングラスをかけてはいましたが、穏かで爽やかな笑顔だったと、私は感じています。一方で、上田選手を男性と間違えるなんて、とお叱りを受けるかも知れませんが、敢えて言い訳すると、男性エリートにも負けず劣らずの速さに惑わされました。
 
 また今回、エース栗原さんも見せ場を作ってくれました。第1ランを終えた時点では第2グループにいて出遅れたかなとみていました。ところがバイクの3往復目を終えた辺りでは全体のトップに立って、後続を20~30m位引き離していました。流石と思わせる走りでした。

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2013年第1回鶴見川デュアスロン

 2月2日、今年最初の鶴見川デュアスロンを実施しました。参加者はキヨタ一人、つまり単なる練習です。
 明日行われるカーフマン南関東大会では、競技スタッフとして大会お手伝いをしますので、そのエイジの部と同じ距離、第1ラン5㎞+バイク(自転車)30㎞+第2ラン5㎞を走るつもりでいました。コースはいつもの鶴見川南側サイクリングコース。ランは2.5㎞、バイクは5㎞往復です。

 お昼にスイム1㎞余りを泳いだ後、午後2時過ぎにスタートしました。今日の横浜地方は春を思わせる陽気で、川沿いの風もこの時期にしては逆向きで、往路が向かい、復路が追い風でした。川風と呼ばれるような風流な風ではなく、かなり強烈で往きと帰りでは15km/hほどの差が出ました。

 タイムは記録に残すほどでもなく、今年最初でテスト走行という感じでした。

ここから川上に向かってスタートします。信号もなく自動車との接触の心配はありませんが、途中、道幅が2~3m程の所があり、散歩する人、ゆっくりジョギングする人も多く、また河川敷グランドでは少年野球の練習もしているので、30㎞/h以上のスピードを出す時は細心の注意が必要です。DHポジションはできるだけ取らない方が安全です。
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スタート・ゴール兼折り返し地点の土手には観客席(?)もあります。手前の土のグランドでいつもランのドリル練習をしています。
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グランドの直ぐ川沿いにあるトランジッションエリア(?)。バイク200台くらいは並べられます。
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夏になれば川を泳いでトライアスロンの練習ができそうですが、「遊泳禁止」の立札すらないくらい、この川で泳ぐには相当な勇気が必要です。獰猛な河童が棲んでいます。
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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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