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 10月26,27日に、愛媛県今治市大島の中西部にあるバラ公園で、しまなみフェスタが開催されます。中四国のご当地グルメの他、イベントなども予定されているそうです。台風の影響も心配ですが、しまなみ海道を渡って足をお運びください。因みにキヨタの一押しは「鯛カツバーガー」です。
 
 広島県と愛媛県の瀬戸内海の島々では来年「瀬戸内しま博覧会:瀬戸内しまのわ2014」が開かれる予定です。島の輪と人の和をつなげる、という趣旨のようです。それに向けいろいろ準備やプレイベントが催されています。

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「大三島分校 みんなの広場」様のカバー写真をお借りしました。

広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」の真ん中に大三島があります。愛媛県最北端の島で四国より本州の方に近いです。海岸線延長88.8㎞、面積64.54㎢で、芸予諸島の中でも大きな島です。
 
 ※芸予諸島=広島県(安芸の国)と愛媛県(伊予の国)の間の瀬戸内海に浮かぶ島々の総称です(私の友達のごく一部の人にだけ有名なhoney島もこの中にあります)。

 大三島で一番有名なのは大山祇神社でしょうか。古くから戦の神様として崇められ、境内の宝物館には源義経が使ったとされる甲冑など、多くの武将が奉納した武具が納められており、その中には数多の国宝があります。ミカン栽培や漁業などの第1次産業が中心ですが、しまなみ海道が開通して以来、観光産業にも力を入れているようです。かつては愛媛県越智郡に属し島の東側が大三島町、西側は宮浦町でしたが、2005年の平成大合併により今治市に編入されました。

 島内には1948年に創立された愛媛県立大三島高等学校がありました。キヨタも高校当時、部活や大三島出身の同級生を通じて、この高校にも何人か知り合いはいました。その後、島の子供の減少や市町村合併の影響もあったのでしょうが、2005年から愛媛県立今治北高等学校大三島分校となりました。その後も生徒数は減り続け今は定員120人に対し49人の生徒が学んでいます。生徒全員が島内の中学出身のようです。少ない生徒数ですが、地元と密着した社会活動や、瀬戸内海の美しい海で行うマリンスポーツのカリキュラムなどが組み込まれているようです。特に、口腔野球の応援では毎年のように優秀校として表彰されているようです。
 その大三島分校が今、存続の危機に面しているそうです。生徒数の減少で来年度の志願者数が31人集まらないと3年後には廃校になる予定だそうです。ある方の情報ですと、島内の現中学三年生の総数が31人。その全員が志願しなければならないことになりますが、近隣の高校に進学する生徒も少なくない中では、島外からの志願者も多数いなければなりません。

 その危機を前に、島の人たちが大三島分校の存続のため在校生と一緒に大いに活動を進めています。今は少子化でどの学校も生徒集めには苦心していることと思いますが、瀬戸内の温暖な気候と温厚な人情の中で3年間の高校生活を送ってみたい(我が子に送らせてみたい)と思われる方がおられましたら、一度お立ち寄りください。

大三島分校みんなの広場のFBです。
 ↓ 
https://www.facebook.com/omishima.highschool?ref=profile


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 愛媛県では2013年7月1日から、その種類を問わず自転車に乗る時は必ずヘルメットを着用しなければならない、という条例が施行されました
ロードレーサーなどは当然のこと、ママチャリで近所に買い物に行くだけでも老若男女、善男善女皆んなヘルメットを被らなければなりません。ただ罰則規定はなく違反しても罰せられることはありません。そのためか町に出てもヘルメットを被っているのは、サイクリストと子どもや生徒たち、それと公務員と思われる人くらいです。「ちょっとそこまでお買いもの」でも被るように徹底することは難しいでしょう。実家の母はそのような条例ができたことも知らなかったそうです。

 確かにヘルメットによって守られる身体もあるでしょうが、最近の交通状況では自転車は必ずしも交通弱者とは限らないような乗り方をしている人も少なくないように思われます。特に歩行者に対しては自転車は圧倒的に強者です。厳しい罰則と並行して自転車に乗る側にもマナーやモラルをしっかり浸透させて行くことも求められるでしょう。右側通行、信号(一時停止)無視、飛び出し、夜間のライトなし、携帯操作等、事故の原因は自転車に乗っている人の方にも少なからず原因はあるようにも思います。ヘルメットさえ被っていれば(行政側から被せておけば)良いというものでもないでしょう。むしろ、町の人が全員ヘルメットを被って自転車に乗っている光景は珍百景に登録されるかもしれません。とは言え、トライアスリートの端くれとしてはヘルメット着用条例は遵守しなければなりませんから、10月14日の今治からしまなみ海道を渡り大島までの買い物籠付きママチャリでのサイクリングに、レース用ヘルメットを被って出かけました。ウェアは勿論BigLakeのバイクジャージで!  恐らく通り過ぎる人たちには、変なオジさんに見られたかも知れません。まぁ、人目を気にせず、秋晴の空の下、その青さより濃い瀬戸内の海を臨みながらペダルを漕ぎ始めました。

しまなみ海道の今治側入口の手前。サイクリングコースからはずれますが小さな坂を登ったあと切り通しから見える海が好きです。
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坂を下ると瀬戸内海に面し小さな漁港に突き当たります。
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今日の目的地は来島海峡大橋を渡り、大島にある亀老(キロウ)山。二つ目の島の右から二つ目の三角形の山です。浜辺に降りると海峡の真ん中に風情ある灯台が建っているのが手に届く程の所に見られます。
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高校の同級生に、この渦と潮流で鍛え全国制覇目指した伝説のボート部員や水泳選手がいました。131015.jpg

お気に入りの大島の浜辺。ここなら一日中でも泳いでいられる?
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この景色を今日の相棒とBigLakeジャージに見せてあげたくて登ってきました。
しまなみ海道のコースから外れているためか、サイクリストは殆ど見かけませんでした。
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しまなみ海道から見渡せる風景。心落ち着く眺めです。
奥に見えるのは広島県の島々です。
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来島海峡は流れの速い難所ですが、大型貨物船やクルーズ船も多数行き来しています。
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鉄道会社のテレビCMでご覧になった方も多いはずの場所です。橋の向こう側に夕日が沈む時間帯は言葉になりません(ただ、日が暮れた後山を下るのは急坂で街灯は全くありませんので要注意です)。
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時間的に逆光になってしまいましたが、亀老山山頂から燧灘(ヒウチナダ)と石鎚山系が望めます。向かいにある町が今治市街です。
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 今治城は藤堂高虎によって築城された全国でも珍しいお濠と海がつながっているお城です。キヨタが子供の頃は石垣跡しか残っていませんでした。その後、天守閣や櫓が再建され今では百名城の一つとして今治城の名も知られているようですが、キヨタとっては(或いはある程度の年齢より上の地元の人にとっても)、今治城と呼ぶより吹揚(フキアゲ)さんと呼ぶほうがなじみ深いです。本丸の中に当時から吹揚神社があります。

 そんな地元の高校に通っていた頃、キヨタは陸上部で400、800mをメインにしていましたが、長い距離を走るも好きだったので、オフシーズンには時々グランドを出て町の中を走っていました。その頃は町の中の一般道路をランニングしている人など皆無でした。地元に実業団や大学の陸上部もなく、他高校の長距離部員も行程を周回するのが通例でした。卒業後も帰省の折になどにたまに走っていましたが、走る爽快感より、走っているのが変人に観られやしないかという気持ちの方が強かった記憶があります。その後市民マラソンが広がり始めたものの、地元でマラソン大会が開かれるようになるとは思ってもいませんでした。愛媛県は当時から高校生の運動部で強かったのは野球、水泳、ボートなど。陸上競技はマイナーな部活でした。因みに男子の高校駅伝の全国大会で、入賞経験のないのは僅か6県。その内の一つが愛媛県で過去最高は16位が3度あるだけです。
 
 そんな地元で市民マラソン大会が開催されたのが1987年。キヨタがトライアスロンを始めて2年後でしたので、第1,2回に参加した記憶があります。距離は最長で10kmでした。当時は市民マラソンブームも今ほどの広がりはなく、この大会へのエントリーは全く労せずできました。郵送で要項を取り寄せ、期限内に返送さえすれば訳なく参加できました。しかも当時も横浜に住んでおり、そこから参加したことで「遠来賞」なるものも頂きました。その後は転勤で全国あちらこちらにいて10kmのレースの為に帰省を兼ねてとはいえ参加するモチベーションはあまりなくなっていました。そしてその次に参加したのは多分2000年ではないかと思います。この時は京都にいてヨーコと初めて一緒に参加しました。2004年からハーフの部が定着するようになり、これなら参加してみようかと思うようになったのですが、この頃からマラソンブームにも乗って気付くとすでに定員が一杯になっていたり、2~5kmの部を覗いては、ネットによる先着順になったりとしてエントリーの機会すらなくなってきました。今年も早くから気をつけていましたが、ネットでの先着順の他に10kmとハーフの部には抽選枠が設けられたことを知り、そちらの方に運を任せてみる事にしました。ネットでの受け付け開始が平日12時からということで、その時間帯に個人的にネット通信できるような環境にはありませんので、予め事務局に連絡し要項を郵送してもらいました。もっとも抽選にも当たるかどうか解りませんが、一縷の望みは、横浜という遠方から夫婦二人で申し込むことで、もしかしたら優先してもらえるかもしれないことです。その抽選申し込みも第1希望をハーフとし、ハーフに外れた場合10kmの枠が余っていれば10kmでも良いかという選択肢つきでした。結果、ハーフに外れ10kmでの参加許可を得ました。やはり抽選は厳正に行われたようで、情実は絡めませんでした。ともあれ、3連休でもあり里帰りも兼ねて参加することとしました。

 ところが大会は10月13日なのに、前日の土曜日の夕方6時まで都内で外せない仕事ができてしまいました。仕事を終えて新幹線に飛び乗ってもその日の内に今治までは辿りつけません。やむなく夜行バスを利用することにしました。東京からは夜8時20分に浜松町を出発、今治到着は翌朝7時30分、11時間延ばすたびになります。出発前の一杯は浜松町近くにある古くからある居酒屋(メインは焼き鳥)。
20代半ばの頃、勤務先が浜松町にありましたので、何度か行ったことがありますが、ほぼ30年ぶりに行ってみました。土曜日なのでこんな感じですが、平日の夕方からは近隣の勤め人(老若男女を問わず)で、なかなか席も取れないくらいです。ほろ酔い少し手前くらいのところで、車中の友を買ってバスに乗りました。
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阪神ファンですが、今回だけはカープのクライマックスシリーズ初進出を祝って「赤」で。
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 翌朝の四国は申し分のない秋晴れ。少し気温は高いものの絶好のジョギング?日より。車内では足も伸ばせず、あまり眠れませんでしたが、元々練習不足で1時間程度で気持ち良く走れれば良いと思っていましたので、受付を済ませ、ストレッチをしながらのんびりスタート時刻を待ちました。


会場には、今年のゆるキャラグランプリの愛媛代表でエントリーしている「みきゃんちゃん」が駆けつけていました。ゼッケン2017は、2017年に愛媛県で国体が開催されるのを応援してでの番号です。2km、3km、5km、10kmそしてハーフの5部門で、茨城県から宮崎県まで2.452人がエントリーしていました。
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 今回のもう一つの楽しみは、3人の人と会えるかな、ということでした。お一人はブログで知り合った高校陸上部の後輩の方で、地元で整骨院をなさっておられます。歳はかなり離れていますので、直接の面識はありません。もう一人はキヨタ在学当時2年下の後輩で、彼とは一緒にグランドで汗を流しました。卒業後もランニングを続けていることは知っていましたが、連絡を取り合う機会はありませんでした。このお二人はハーフの部にエントリーされ枝いました。レース前後に会場でゼッケンを頼りに捜してみましたが、残念ながらお会いすることはできませんでした。 
 そして最後の一人は叔父さん。キヨタの母の弟でもあり、高校の陸上部の大先輩でもあります。69歳になりますが走り続けていて、今年はキヨタと同じ10kmの部に参加します。1お互い練習不足もあり、スタート地点では一番後ろに並びました。キヨタは背中に『Big Lake』と印刷されたチームTシャツでの出走なので、後ろから追い越して行って背中を見られる方が目立つかな。とう打算?もあります。もっともそれほど多くの人を追い越せるとも思われませんが。エントリー数が958人、多少の不参加者もいるでしょうから900番目位からのスタートでしょうか。
 
 出だしはキロ6分を超えるペース。足の筋肉が固まってなかなか動けません。コースはスタート地点から数百メートルは今治城を左に見上げながら走ります。その後は倉庫地帯などを通り抜けて行きますが、好天に恵まれ正面には西日本最高峰の石鎚山を中心とした四国山地の山並みが望めます。海沿いに近いコースなので、川を渡るときはすぐ近くにの河口越しに瀬戸の島々が顔を覗かせます。川を渡る橋で僅かなアップダウンがあるだけで、後は全く平坦で、適度なカーブやコーナーもありますので飽きない走りやすいコースです。ただ沿道の応援は期待できません。4km辺りから海沿いには出るのですが、高い防波堤の内側を走りますので海が全く見えないのも残念です。

 この辺りからキロ6分丁度くらいのペースに戻りましたが、1時間切りに向けてはもう少し上げなければなりません。遅いとはいえ、前を行く人と捉えられるのは励みになります。もっと高いレベルでそうならなければいけないのでしょうが、今のキヨタではこの程度です。9km手前あたりで防波堤の切れ目からしまなみ海道の一番四国寄りの橋、来島海峡大橋がチラリと見えました。最後は再び今治城を今度は右手に見ながらゴールまでn。最後まで一人も抜かれず(最後尾からのスタートなので当たり前)走り切りました。ただし、タイムはネットで59分38秒。現状での最低ラインは何とかクリアしましたが、10kmレースでのワースト記録を12分ほど更新してしまいました。
 (※ネットタイムとは、ランナーがスタートラインを越えてからゴールラインを越えるまでのタイム。参加人数が多くスタートの時に後ろの方に並ぶと、スタートの合図が鳴ってからスタートラインを越えるまで時間がかかります。今回キヨタの場合、スタートラインを越えるまで44秒かかったことになっていますのでスタートの合図がかかってからの記録は1時間00分22秒でした。記録としてはこちらの方が残ります。)

キャッチフレーズは第1回から変わりません。
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2013.10.05 彦根城
 日本各地にはたくさんの城跡があり壮麗な天守閣も建っています。ただ多くは昭和や平成になってコンクリートなどで再建された物です。江戸時代以前に建てられたお城の天守閣の殆どは明治維新後の廃棄や戦争の空襲などで破壊されたり、炎上してしまいました。その中でも建てられた当時のまま残っている天守閣が現存天守と呼ばれています。さて、日本全国で現存天守、その数は?

 今回訪ねたのは、その現存天守の中の一つ、彦根城です。夏にトライアスロンチームの合宿が彦根で行われた時、メンバーと朝の散歩に行きました。

井伊家の居城でも知られる彦根城も、明治になり解体目前だったところ、明治天皇が通りかかり保存するように言われたと言う説もあります。徳川家康の命により1604年に着工。天守は大津城から移築され2年ほどで完成したそうです。城郭全体が完成するのは1622年と言われています。

その天守閣の遠景。手前のグランドのライトが目障りなのですが、ご辛抱を。
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天守閣へは濠を渡り、石段、坂道を上ります。
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お城などの屋根には三角形や湾曲した飾り(?)が設けられています。これを『破風(はふ)』と呼びます。その形によって、呼び方が異なります。天守閣1層の屋根の「へ」の字型の破風は「切り妻破風」。その上にある瓦に載っているのは「入母屋破風」。
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2層左側は、入母屋破風に似ていますが、屋根には載っていません。切り妻破風に庇がついている造りになっていて、現存天守の中では彦根城だけに見られる特徴だそうです。2層と3層の屋根の湾曲しているところは「唐破風」と呼ばれます。
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釣鐘型の窓は「花頭窓」と呼ばれます。銀閣寺とかお寺のお堂で良く見かけます。
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真横から見ると、2層の破風が斜め上向きになっているのが分かります。他ではあまり見かけません。
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本丸から南西方向に琵琶湖を望みます。
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北西方向の琵琶湖の眺め。昭和歌謡の「青春の城下町」(アラ還より上の世代の方しかご存知ないと思いますが)、その中に出てくる場面。城山に上れば見える君の家を、窓に灯りが燈るまで見ていたのは、こんな風景だったのでしょうか。
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城郭内や城山の麓には櫓や庭園が残されていますが、また何れ時間を見つけて来てみたいと思います。

さて、冒頭の、現存天守の数。今どきのブームやクイズ番組などでご存知の方も多いでしょうが、日本全国で12城あります。この内8つは訪ねたことがあります。残り4つ、遠くない内に行ってみたいと思っています。現存12天守は弘前(未)、松本、丸岡(未)、犬山(未)、彦根、姫路、松江、備中松山(未)、丸亀、松山、宇和島、高知です(「未」はまだ行ってない所)。

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