今治市内にはお遍路さんが回る八十八か所の札所の内、54番から59番までの六つのお寺があります。実家に一番近い市街地の西部にある54番からスタート。順路通りなら55、56…と続くのですが、実家からですと54番から55番に行くと一度引き返さなければなりません。ですから、反時計回りに一筆書きのようにぐるっと回って行くと、54番の次は一つ飛ばして56番になり、その後57、58、59番を回り最後に55番に戻って来ます。距離は凡そ28㎞。最も高い所で280m。お参りをする時間を含めても4時間足らずで回れます。

 54番の延命寺(えんめいじ)は実家から2㎞余り。境内にはお遍路に必要な物も売られています。

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 56番の泰山寺へは郊外の住宅地を抜けて行く、正直なところ走っていても退屈な景色です。実家から6㎞弱、まだまだウォーミングアップの段階です。

57番の栄福寺(えいふくじ)を目指す8㎞過ぎ辺りからが私の一番のお気に入りのコースになります。市街地を離れ舗装されていない細い道を走って行きます。遍路道の匂いを感じられます。

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 58番の仙遊寺(せんゆうじ)への途中に犬塚池があります。1807年に完成した溜池で栄福寺と仙遊寺の使い役をした犬の供養池だそうです。
 10㎞地点の犬塚池を過ぎると、標高280mの仙遊寺まで遍路道を約2㎞登って行きます。この2㎞が一番きつい所ですが、上りきると境内脇の駐車場から望める今治市街地と瀬戸内海の景色が疲れを癒してくれます。

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仙遊寺の仁王門を過ぎ更に登って行きます。

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 12㎞地点の仙遊寺で小休止した後は石段と山道を下って行きます。途中、駐車場からとは別の方角の瀬戸内海の景色も望めます。今年は本当に天候に恵まれました。

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八十八か所全てを歩いて回っている途中のお遍路さんもおられました。」
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14㎞地点で下り終わりますが、ここから先は郊外の住宅地や市街地の中を抜けて行きます。仙遊寺を上り下りした疲れもあり、ただただ目的のお寺を目指すだけの走りです。

60番の国分寺(こくぶんじ)は19km地点。
お大師様と握手をさせていただきました。

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境内には何故か七福神も。

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薬師のつぼ。良くなりたいところを撫ぜると聞くのでしょうか。キヨタは勿論…!

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そして最後の55番の南光坊(なんこうぼう)までは7㎞。ここも市街地を抜けるだけの退屈な道です。例年ですと北西から吹き付ける風に向かって走るのですが、今年は風を感じられませんでした。それだけでも随分、救われました。退屈な道の取り敢えずの目標は24㎞地点で超える蒼社川(そうじゃがわ)。幼稚園の頃までこの川の下流近くに住んでいました。当時は40mほどの川幅一杯に水が滔々と流れていたような記憶があるのですが、上流にダムができて以来でしょうか、河原ばかりが目立つ川になってしまいました。
 
途中の小学校で今はあまり見かけなくなった金次郎の像に出会いました。

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  川を越え、市街地に入り南光坊へ。スタートしてから26㎞余りです。ここから実家まで2㎞弱。無事に走り終えました。天候に恵まれ、ここ数年の内では一番気持ちよく走りきることができました。

南光坊の仁王門には四天王。

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 漸く、大晦日ママちゃりサイクリングも終盤に入りました。
 大角鼻から瀬戸内海沿いに南東へ2㎞。波方町の中心地にある「玉生八幡神社」。639年に舒明天皇が伊予に下向された時の出来事が縁起です。改めて、来島海峡の歴史の中での重さが感じられました。

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本殿は小高い丘の上にあり、波方の町が見渡せます。

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境内には土俵がありました。こうしてみると、やはり相撲は神事なのでしょう。

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 神社の近くに「焼玉(やきだま)エンジン」が展示されていました。焼玉エンジンとは、焼玉と呼ばれる鉄球を熱し、その熱によって燃料を気化させ燃焼さて動力をえる仕組みです。

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取り扱いや整備が簡便化ことから小型船に適していたそうですが、出力を上げることができないこともあり、第二次世界大戦後はディーゼルエンジンに移行されました。今ではこのエンジン音も聞かれなくなりましたが、子供の頃、瀬戸内を往き来していた小型船が響かせていたエンジン音「ポン、ポン、ポン…」。懐かしい響きです。以前、菊池寛の小説『父帰る』を上演していた芝居を見に行きましたが、瀬戸内の情景を思い起こさせる効果音として焼玉エンジン音が使われていました。菊池寛は高松出身なので、そのような演出がされていたのでしょう。

 波方から更に市街地に向け波止浜へ。ここは黄檗宗(おおばくしゅう)円蔵寺。黄檗宗は禅宗の一つで、本山は京都の宇治にある萬福寺です。中国明朝の伽藍様式が取り入れられています。

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 2015年の大晦日は、楽しい人や懐かしい音、そして今治の歴史に触れることのできた良い一日でした。

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 『ホワイトハウス』の大統領と別れ、さらに北上。今治市の最北端「大角鼻」を目指します。今治市の北端にある波方町には鼻高美男美女が多いのです。大角の他、梶取、錨掛、長泉、動仙。勿論、これらは人名ではありません。瀬戸内海に突き出た小さな突端を「鼻」と呼び、これらは波方町にある鼻に付けられた名前です。地図の一番上が大角鼻です。

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  大角鼻から眺められる瀬戸内海の景色も申し分はないのですが、来島海峡の西口にある大角鼻は瀬戸内の歴史、特に海上交通の中で重要な地でもあります。
大西町の妙見山古墳でも少し触れましたが、ここ来島海峡は古代の大和と隋や唐を結ぶ航路にもあたってしたかもしれません。平安時代には菅原道真が大宰府に流される時にも通ったとも思われます(今治市の桜井には道真が嵐を避け立ち寄ったと言われる場所に天満宮が建てられ道真が衣を掛けたと言われる岩が残されています)。
室町時代には、村上水軍の一族である来島村上家の居館「波方館(はかたのたち)」がありました。この波方館を守るために波方付近には小さな砦や見張り台が多数設けられていたそうです。これらを総称して「波方海賊城砦群(なみかたかいぞくじょうとりでぐん)」、別称「大角の砦」と呼ばれていたそうです。このように領主の館を中心に多くの砦でいつでも活動できるような城郭の形態は「群郭複合式(ぐんかくふくごうしき)」と呼ばれているそうです。また、海上を行き来する船を監視する(通行料を取る)ための番所も設けられていました。

番所跡
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 この次に大角鼻が歴史に登場するのは明治時代後半、日露戦争の頃です。これも依然ご紹介させていただきました小島にあった要塞に関連しています。ロシアのバルチック艦隊の侵攻に備え小島に砲台が設けられましたが、砲台と艦隊の距離や方位を測定する基準となる標識が大角鼻の突端に建てられました。「メートル棒」と呼ばれています。当時、日本は尺貫法が用いられていましたが、日本海軍は英国との関係が深かったことから立標にはメートル単位が刻まれていました。ただ、この立標がどのように実戦で用いられようとしたのか分かりません。なお、元の立標は大正時代に倒壊したため、現存しているのは復旧後のものです。

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 現在では、毎日多数行き来する船の安全を守るために潮流信号所が設けられています。潮流の方向や速さなどが光掲示板で表示されています。

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 そして将来。今、大角鼻の目の前は地元の小学生のトライアスロンの練習場になっています。来島水軍発祥の地から日本を代表するトライアスリートが生まれることを楽しみにしています。

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あっ、先日の難地名「馬刀潟」の読み方は「まてがた」です。

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 波方駅から北西へ1㎞余り、今治市の北西部にある小部(オベ)という小さな漁港。サイクリングコースからは外れ、おそらくガイドブックにも載っていない漁港です。その片隅にある掘立小屋に誇らしく掲げられた看板は『ホワイトハウス』。名前倒れの小さな小屋ですが、何だろうと思い近づいてみました。何となく、自分に合いそうな匂いがしたのです。すると岸壁にいた初老の男性から「何してるの」と声をかけられました。「横浜から来てサイクリングをしています。面白そうな看板なので立ち寄ってみました。」と告げると中に招き入れてくれました。怖いもの見たさ?で入ってみると中では地元の方々4,5人が無事に終えた一年の労をねぎらいながら、ドラム缶で作られたストーブを囲んで団欒しておられました。皆さん、地元でずっと生活をしてこられた方ばかりのようです。そして私に声をかけてくださった男性がこの『ホワイトハウス』の大統領でした。
ストーブの上では、するめや魚が焼かれていました。「ワシらは、魚が食べたくなったら目の前で獲って来るんよ。料理屋には生け簀があるじゃろ。」そしてその後に大統領がいて言葉がこれ。「ワシの生け簀は瀬戸内海じゃ。」
私は、程よく煮込まれたおでんをごちそうしていただきました。とても美味しく、サイクリングで冷えた体は暖まりました。熱燗も勧められたのですが、流石に自転車なのでお断りしました。残念。

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しまなみ海道を中心に、サイクリストの聖地と呼ばせていますが、ロードレーサーで駆け抜けるだけでなく、のんびりママちゃりサイクリングで地元の方々と触れ合うのも楽しいものです。行政主導の地域おこしや移住促進も悪くはないでしょうが、地元で暮らしておられる方々の何気ない日常に触れ温かみを感じることで、改めてその場所の良さが身に染みることもありますね。

最後に大統領から「ホワイトハウスを宣伝してくれ。」と言われました。ホワイトハウスと大統領の写真はご本人の許可(というより積極的な依頼)を受けて載せました。

ここまでで実家を出てから30㎞。今日の予定の半分を過ぎました。ここからは今治市最北端の大角鼻を目指します。

大晦日にも農作業に勤しむ方がおられました。
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信仰の篤い地域です。
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難地名です。さて、何と読むでしょうか。正解は次回に。
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 日付は遡り、2015年大晦日のママちゃりサイクリングは今治市の西部から北部への約50㎞。その前半です。

 先ず、今治駅から南西へ凡そ5㎞の「のまうまハイランド」へ向かいます。今治市の野間地区にあります。『のまうま』は日本固有の馬の中で一番小さな馬です。体長は120cm以下で、足は短くずん胴、蹄が固く、体に比べて頭が大きいのが特徴です。江戸時代、体高が4尺(121cm)以上の馬を戦用として徴用し、それより低い馬を農家に払い下げその結果、農家で体の低い馬同士の子どもが生まれ野間馬ができたのではないか、と言われています。一時は絶滅の危機に瀕しましたが、1978(昭和53)年に野間馬保存会ができ、数も少しずつ増えてきました。「のまうまハイランド」では曜日や時間帯によって、乗馬体験もできるようです。

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 ここから広域農道を西へ3㎞余り、小さな峠を越えて行きます。



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その後、北へ転進し3㎞弱で、大西町の「藤山健康文化公園」に着きます。この公園内の高さ80m程の丘の上には「妙見山古墳」があります。全長55m程の古墳時代初期に造られた前方後円墳で国指定の史跡になっています。古墳の上からは瀬戸内海が見渡せます。逆に、古代、瀬戸内海を行きする船からもからもこの古墳を見あげることができたでしょう。もしかしたら、大陸からやって来た船、九州と大和を行き来する船からも見えたでしょう。そしてこの地方に住む豪族に畏敬の念を払ったかもしれません。それは河内地方に残された巨大古墳と同じ役割・目的を持って造られた古墳かも知れません。妙見山古墳については、改めて紹介させていただきます。

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 そこからさらに北へ3㎞程で鴨池海岸へでます。目の前には瀬戸内海(斎灘=イツキナダ)が広がる800m程の砂浜。夏なら何時間でも泳いでいられそうです。浜の北にある鳶鴉山からは瀬戸内海を見渡せます。

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 一度、南へ戻りU字型に鳶鴉山の東側に回ります。以前、今治市波止浜にある龍神社を紹介させていただきましたが、同じ今治市の九王(クオウ)にも龍神社があります。神武東征時に航海安全を願って龍神を祀ったとの言い伝えがあり、菅原道真の書物にも残されている由緒ある神社です。江戸時代には松山藩の雨乞いの祈祷所にもなっていたそうです。この神社で毎年5月第3日曜日に行われる継獅子では勇壮華麗な演技を見られるそうです。

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海中に建てられた鳥居。ここを龍神様が潜って来るとのこと。

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神社近くの小屋。廃屋になっていました。

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 龍神社から引き換えし北東へ3㎞程のJR予讃線波方(ナミカタ)駅へ。ここは地元の高校生によると『天国に一番近い駅』だそうです。その理由は、駅の南に墓地が隣接していること。是非、全国に広めましょう。

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 この後、北上し小部(オベ)漁港へ。ここで地元の漁師さんとの思わぬ出会いがありました(続く)。



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 1月10日、横浜市港北区の新横浜公園内の小机フィールドを発着・中継点として第31回港北駅伝が開催されました。私たちは24回から自転車でキヨタが先導、ヨーコが後尾役を務めさせていただいています。今年で8回目になりました。

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 港北区内在住、在勤、在チーム(高校の部は横浜市内)から一般男子94チーム、高校男子30チーム、高校女子17チーム、中学男子53チーム、一般・中学女子44チーム、そして港北区内の連合町内会23チームが参加しました。各区間の距離は1~5㎞で公園内に設けられたコースを周回します。

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 伴走に際しては、毎年なかなか満点の結果が出せていません。特に難しいのは、全ての襷渡しの中継点がフィールド(陸上競技場)にあるにもかかわらず伴走自転車はフィールド内に立ち入れないことです。テレビで放送されるような駅伝のように一本のコースを次から次へ襷を繋いでいくのではなく、ランナーは公園内の走路からフィールドに入り、その中で襷を渡し次の区間のランナーがフィールド内から出てきます。ですから先頭争いが激しく数チームが時間差なくフィールド内に入った時、フィールド内で先頭が入れ替わることもあります。それを見落とし、フィールドから出て来た2位のチームを先導していた、と言うこともありました。
後尾もなかなか大変です。時には中継直後から歩いている人もいて自転車でペースを合わせるのも難しいです。今年は、途中で膝を痛め立ち止まった方がおられ「大丈夫ですか。」と声を掛けると「お前が生まれる前から走っているんだ、大丈夫だ。万一のために車いすを用意しておけ。」と言われました。

 レースは「一般男子・高校男子・高校女子」の部が9時にスタート。その全チームがゴール後に「中学男子・一般遊学女子・連合町内会」がスタートします。私たちは二つの部両方合わせて44㎞程を伴走します。今年は、二つの部共に先頭のチームは1区から2位を引き離しての快走を続け、フィールド内で先頭が入れ替わることはありませんでした。先導役としては楽な展開となりました。

 また、9時からスタートした部では最下位の1チームが最後の6区で繰り上げスタートとなってしまいました。繰り上げスタートは確か2年ぶりです。ただ、繰り上げスタートと言ってもこちらもテレビでの画面とは違い笑顔のでのスタートです。

 ただ、今回気になったことが一つありました。連合町内会の部には小学1~3年の男女、そして4~6年の男女が1㎞ずつ走る区間が4区間あります。連合町内会の部の1位がゴールした後、キヨタは同部の最下位のチームを伴走しました。その第8区は小学1~3年男子。普段から練習はしているのでしょうが、この日は調子が悪かったのか、襷を待つ時間が長かったのか、走り出してもペースが掴めないようでした。後ろから見ていても心なしか足取りもたどたどしい。それでもコースは公園内ですから多数の人が応援しています。最下位の小学生に次から次へと「頑張れ」「頑張れ」の応援が1㎞にわたり続きます。小学生は走り続けなければなりません。走っている時の応援は元気を与えてくれる時もありますが、時には負担になることもあるのではないか、とかねがね思っています。
この時は、沿道の人にこの小学生にはこれ以上「頑張れ」と声を掛けないでほしい、と思いました。この子はとっても頑張っていますよ。「ゆっくりでいいよ」「笑って」「好きな歌を思い浮かべて」…。「頑張れ」に代わるエールもあるのではないか、と思います。後押しをするだけでなく、時にはブレーキ役や潤滑油になってあげることも大切ではないかな、と感じました。

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 今年は好天に恵まれました。会場では、参加する町内会のテントが立ち並び、暖かい汁物や食事の提供がされていました。

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 こんな自転車と恰好で伴走しています。

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今頃ですが、今年初のブログです。関東では松の内は1月7日までと言われているそうですから、この写真を載せる時期は過ぎているかも知れません。としても、皆様にとられまして、今年もより良い1年でありますように。

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 年末年始、キヨタとヨーコはそれぞれの実家で過ごしました。ヨーコは2日、びわ湖で開催された新年マラソンにBigLakeの仲間と走り初めをしました。キヨタは今治市内にある四国遍路88か所の内、6か所を初詣ランで回りました(詳細は後日)。

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 エース栗原さんから今年のカレンダーが届きました。親子ほどの年の離れた私たちにも熱い心を持って接してくれます。

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 年の初めに手に入れた本。新刊書を買ったのは何年振りでしょうか。つかこうへい氏は、今の私の生き方考え方に大きな影響を与えてくれた3人の作家の内の一人です。つかこうへい氏の著作は、おそらく全国のどの書店にも負けないくらい揃えています。評伝559ページ、じっくり読んでみたいと思います。

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