「天国に一番近い駅」(今治市波方駅)

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 JR予讃線、今治市内にある波方(なみかた)駅。そこは「天国にいちばん近い駅」。地元の高校生が名付け親のようです。さて、その名前から、どの様な駅を想像されますか?予讃線は瀬戸内海沿いに香川県と愛媛県を結ぶ路線です。それに加えて波方と言う地名から、多島美の瀬戸内の海を望む海沿いの駅でしょうか。それとも、一日に乗降客が一人いるかどうかの秘境の駅でしょうか。
 残念ながら、そうではありません。海岸からはかなり離れた、どちらかと言えば内陸部にあり、周囲は田んぼは広がる普通のローカル駅です。停車する電車は、朝夕の多い時間帯でも1時間に3~4本、日中は1時間に1~2本が停車する無人駅です。そんな駅が何故「天国に一番近い駅」なのでしょうか。それは…。

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 駅のすぐ西側に墓地があります。プラットホームから一番近いお墓にまでは5m程しかありません。だから天国に一番近い駅なのですね。


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しまなみ海道逃走中?いえ、島走中です!

 天網恢恢、疎にして漏らさず。しまなみ海道を逃走中、捕捉?されてしまいました。

 3月の三連休、帰郷した今治から、しまなみ海道サイクリングに出かけました。前夜の同窓会でのアルコールが抜けるのを待っての出発でしたから、実家を出たのは11時。時間的には出遅れ感満載ですが、先ずは、しまなみ海道の今治側の入り口の糸山サイクリングターミナルを目指します。

サイクリングターミナルから望むしまなみ海道の「来島海峡大橋」。

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 その後、大島の西海岸から伯方島(はかたじま)へ。更に大三島(おおみしま)経由で広島県の生口島(いぐちじま)へ渡りました。生口島の耕三寺(こうさんじ)入口まで実家から50㎞弱。ここから尾道までは30㎞程。尾道まで行って引き返すとトータル170㎞位のライクリングになりますが、スタート時間が遅かったこともあり、ここで引き返すかどうか、迷いました。その迷っている時の姿がこれ。

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 撮って下さったのは、私達が所属しているトライアスロンチーム「Big Lake」の代表者の知り合いの方。その方と私とは全く面識はありませんが、たまたま広島に帰省されていたその方が、チームウェアを見掛けて撮ってくださいました。その写真が代表者経由で送られました。進路を迷っている時でもありましたが、とっても不格好な乗り方でしたね。いつ、どこで、誰に見られているか。悪いことはできませんね。

 結局、生口島で尾道ラーメンと蛸のから揚げを食べ、今治へ引き返しました。トータル100㎞。ちょっと物足りないサイクリングでした。

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しまなみ島走中Tシャツです。横浜も春になりました。このTシャツを着て、しまなみをアピールしますよ。

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菊間瓦(今治市)

 菊間町は今治市の北西端にあり松山市と隣接しています。瀬戸内海に面し、かつては越智郡菊間町でしたが、2001年の市町村合併で今治市に編入されました。町の歴史は古く、奈良時代の文献には「菊萬庄」の名が確認されているそうです。キヨタの高校在学時には多くの級友がこの町から汽車通学をしていました。
 その菊間町と言えば、凡そ750年の伝統を持つ菊間瓦。いぶし銀に輝く美しさと、技術の高さが評価されています。その瓦が展示・紹介されている『かわら館』を訪ねてきました。

菊間瓦の代名詞とも言えるのが「鬼瓦」。
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かわら館の外観。
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  今治の実家から菊間までは約20㎞弱。自転車で行くには、瀬戸内の海岸沿いの国道で行くのが便利で眺めも良いのですが、交通量が多いのがやや難点。今回は自転車トレーニングも兼ね、野間から起伏のある農村田園地帯を抜ける広域農道を走りました。途中で「ツール・ド・玉川」のコースと合流、歌仙の滝に立ち寄り、その間、信号はゼロ。追い越された車は数台程度でした。

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 最近では今治市内でもマンションが増え、瓦を使った新築家屋は少なくなっているようですが、壁掛けや置き物、コースターなどの小物なども商品化されているようです。
 
 財布を忘れ入館できず、ロビーの展示物だけを見学してきました。

 これは「お供馬の走り込み」を瓦で表したものです。お供馬は菊間町の伝統行事で毎年10月の加茂神社の秋の大祭で行われています。子供が馬に乗り急坂のある境内を駆け抜ける勇壮な行事です。加茂神社と言えば、京都の上賀茂神社が思い浮かべられますが、菊間は1090年頃に上賀茂神社の社領地になっていたと言われています。1093年から毎年5月に上賀茂神社で行われる「競馬会(くらべうまえ)神事」の流れを汲んだものかもしれません。
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胴が瓦で作られた日本一の大太鼓。
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こんな方の飾り物も置かれていました。
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JR予讃線の菊間駅舎も瓦の町を象徴しています。
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キヨタが高校卒業時に後輩から記念品として頂いた菊間瓦でできた壁掛けです。40年たった今も、実家に掛けているお宝です。
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「海上自転車競走」に参加してみませんか?

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 自転車好きの皆様へのお誘いです。それは愛媛県の今治城のお堀で開催される「海上自転車競走」。昨年、第1回が開催され、今年は7月30、31の開催となりました。舗装道路は走り飽きた、オフロードも山道も、そして砂浜を走るのでは物足りない。そんな好奇心旺盛なチャリダー向けのイベントです。
 
 その「海上自転車」とは。

 フロートを二つ平行に並べ、それを繋ぎ合わせ真ん中に車輪のない自転車を固定します。そしてサドルに跨りスクリューに連動したペダルを漕いで前に進ませます。と申しても説明下手なものでイメージが湧かれませんでしょうから、下記のフェイスブックをご参照ください。昨年の大会の模様もアップされています。
     ↓
https://www.facebook.com/AQUATEC.CYCLE.RACE.PROJECT/

 そして、今年の新しい目玉は「自作船の部」が新設される予定であることです。昨年は大会本部が用意した自転車を使っての競争でした。それに加えて、参加者が各自、自分の好み(但し、最低限、既定の範囲内でなければなりませんが)の船を造り、着順だけでなくアイデアやデザインなども競う部門が出来ました。
 その概説です。
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当に、造船と海運、そして、しまなみ海道やゆめしま海道を中心にサイクリストの聖地を目指す今治に相応しいイベントです。

 ところで、もう一点。皆様が疑問をお持ちになられるでしょうが、「お城の堀で行われるのに、何故『海上』? お堀なら『水上』でしょう」と。しかし、ここが今治城の堀で行われることの大きな意義で、面白さでもあります。
 今治城は、全国でも数少ない海城(うみじろ)です。海城とは、海の直ぐ近くに築かれ、堀と海が繋がって、堀野水は全て海水になっています。今治城の他、香川の高松城、大分の中津城が日本三大海城と呼ばれています。ですから、瀬戸内海と繋がっている今治城の堀で行われるこの大会は「海上」なのです。

 季節は夏。海上自転車を漕いだ後は、しまなみ海道のサイクリングや海水浴。夜は魚や焼き鳥で一杯。楽しみてんこ盛りの今治へ是非お越しください。

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御台場(今治市)

 『お台場』と言えばここ!
  ↓
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 いえいえ、お台場と言えばこちらでしょう?
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 こちらは、東京のお台場。今でこそ東京臨海副都心として、商業施設や大手企業のオフィス、高層マンションが立ち並ぶ都内でもトップクラスの人気スポットになっています。しかし、そもそもは江戸時代末期、ペリー艦隊来航後、幕府が海防の為に品川沖のこの場所に砲台を築いたことがその名の由来です。レインボーブリッジの下に見える小さな島がその跡です。品川台場と呼ばれ、それに敬称の『御』を付け『御台場』としてその名が広まりました。ですから、『お台場』は東京固有の地名ではなく、砲台が造られた場所は遍く『お台場』と呼んで差し支えはないかと思います。

 そして今治にも同じ目的で造られた『御台場』があります。海防が目的ですから、当然ことながら海(瀬戸内海)に面しています。

 今治市の南東部の桜井にあります。以前ご紹介させていただいた小島要塞と同時期にロシア艦隊の侵入に備えて造られました。秋山兄弟が松山出身だったということでもないでしょうが、今治周辺には日露戦争当時の軍事施設跡があります。ただ、こちらには小島と異なりその縁を偲ぶものは全くありません。冒頭の写真の小さな石碑だけが唯一の証しです。

 桜井のお台場近くには、菅原道真が大宰府に流される途中、嵐に遭い難を逃れたと言われる場所があります。そこには道真が濡れた衣を乾かすために干したと言われる「衣干岩」、道真を祀った「綱敷天満宮」があります。学問の神様を祀った神社の直ぐ近くに規模は小さいながらも軍事施設が造られたのです。

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 桜井には次回、ご紹介させていただく予定の『唐子台古墳』跡があり、当時としては繁栄していた地だったを思われます。そして昭和の頃は市民の夏の憩いの場だった唐子浜遊園地があり、当時の今治市民には、さしずめ現在の東京の『お台場』のような地?でした。その跡地には廃墟同然の「物産店」の建物が残されているだけです。桜井は、古墳時代から千数百年もの間、盛衰の歴史を見続けています。

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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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