若者に伝えたいこととして、立教新座高校の校長先生がラジオで言っていた。校長個人だけではなく、このような世の中を作ってきた世代の一人としての言葉なのだろう。この方は、年齢的には私よりそれほど上ではないと思う。しかし私は、申し訳ないと言えるほど、人に豊かさを与えることはできていない。
 
 この「豊かさ」とは、物質的、経済的なものだけなのか。精神的な豊かさは?

 梶井基次郎の『檸檬』を学生の時に読んだ。四畳半一間のアパートで。それから15年ほど経って、2LDKの部屋に一人で住んで、毎夜、ネオン街で飲みまわるほどの収入を得るようになった頃、もう一度読み直した『檸檬』からは、私には何の感動も湧かなかった。あの時の震えるほどの思いはどこへ消えたのか。

 与えてもらう豊かさは、申し訳ないくらいに与えてもらった。特に両親からは。自分は努力しなくて、両親の苦労の上にあった豊かさ。これに対しては、どんな思いを表現してもうわべだけになってしまう。

 この言葉がなぜか気になって、ブロクのタイトルにしたのだが、私の中で消化するにはもう少し時間がかかりそうだ。ただ今は、「洗濯物が風に揺れているのを見ると幸せを感じる。」というヨーコと豊かな時間は過ごしている。


 
Secret

TrackBackURL
→http://kiyoandoyoko.blog137.fc2.com/tb.php/103-49dd8a1c