このブログの読者の方から川柳の同人誌が送られてきました。『川柳葦群』。主宰者の梅崎流清さんの巻頭言の中に出てきた言葉です。

 引用させていただくと、「経済や情報の発達はあらゆるものに平準化を促した。本来その地方が守り伝えていく風俗や文化とて例外ではない。雪が美しいとしか見ることができぬ旅行者が、雪に呻吟する人の「声色」を真似ていいのだろうか。」(中略)「作品から作者の見えぬ「成りすまし」などどいう言葉は」(後略)。川柳に関しての言葉のようです。しかし…。

 この言葉が書かれたのは昨年の10月1日号なので、今回の東日本大震災の前です。しかし、この震災以後の世の中の反応を見ていると、「声色」や「成りすまし」という言葉が当てはまる行為もあるのではないか、と思ってしまいます。

 それだけでなく、日頃の生活の中にも、このようなことが、意識無意識の内に、自分自身でも表面化させていることがある、と省みました。

 また、同氏は、声色を上手に使い分ける年上の川柳家に「貴方には人間が持たなねばならぬ矜持があるのか。」と言ったそうです。これもまた、日頃の生活に流れていると、忘れてしまわなければならないことも、ないわけではありません。

 成りすまさない、声色を使わない、矜持を保ち続ける。おいそれとできることではありませんが、意識し続けなければならない、と思っています。

 「存分に咲いてさくらの葉桜に」
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 同人誌を送ってくださった方の川柳です。私の出身高校の校章には桜があしらわれています。存分に生きている、とは言えません。桜に恥じぬよう。

 CoC=ココの二人はスペイン国境近くまで進んだようです。

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 26日の練習:スイム3,200m
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