今日、仕事で都内に行きました。京浜東北線を利用して田端まで行ったのですが、帰路、上野駅を発車した直後、上野公園の西郷さんの銅像が見えました。一瞬のことでしたが、全く予期していなかったので、感動してしまいました。今まで、何度となく電車で通った筈なのに、今まで一度も見えたことはありませんでした。かつては、レストランと映画館の入ったビルが建っていたため、その陰で見えなかったはずです。そのビルが取り壊された為見えたようです。今までは下から見上げることしかなかったのに、高架を走る電車から見下ろす銅像は、ミニチュアの置物のようで、とても可愛いものでした。

 以前、何かのクイズで、上野の西郷さんの銅像は、どの方向を向いているか、という質問が出ました。私は、西郷さんのことだから太平洋の向こうのアメリカを向いていると答えたのですが、正解は鹿児島を向いているとのことでした。そう言われれば、西郷さんとアメリカの強い結びつきがあるとの話は聞いたことはないかもしれません。多分、日本史の授業は、寛政の改革あたりで終わったような気がします。

 しかし、何百年か先の生徒さんたちの日本史や世界史の授業は大変でしょうね。20世紀までの歴史を覚えるだけでも大変なのに、更に数世紀分増えるのは、大きな負担かも。その頃の教科書には日本の2011年は、どのように記されているのでしょうか。そして、どのような国になっているのでしょうか。
 今日、都内で会った人は不動産登記を業務とする司法書士だったのですが、このことろ福島県内の、特に原発近くの土地を安く買い叩いてその土地の所有者になり、国や東電に対し補償金を請求しようとする、とんでもない輩が蠢いているそうです。
 「こん國はこげんなことに果てたんか」(ほつ枝さんの句です)。

 因みに、この司法書士は、福島原発の測量にも携わったことがあるそうですが、今回壊れた建屋の外壁は1.5mの、まるでダムの壁のような厚さと強さで、まさかあれが壊れるようなことがあるとは、本当に思いもよらなかったそうです。

 そんなことを考えながら電車に揺られていると、海を見に行きたくなりました。

 立教新座高校の校長先生が、大学に何を求めて進学するか、という趣旨で高校3年生に述べた言葉あります。概略は「大学生には、海を見に行く自由がある。勉強が目的と言うが、勉強は大学でなくてもできる。友達を作ると言うが、友達は大学でなくてもできる。一つ、大学生でなければできないことは、いつでも海を見に行く自由がある、ということだ。社会人になれば、ある日無断で会社を休んで海を見に行くことはできない。」と。確かに。

 今は無理でも、いつかまた、ある日突然、勝手気ままに海を見に行くことできる生活を送ることができるでしょう。

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28日の練習:スイム2,200m。
      このところ、泳ぎがしっくりしません。ヨーコ曰く、フォームが崩れている、と。
      左の肩が痛くて回せません(50肩ってか?)
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