男性は1回の射精で約3億個の精子を出します。その中の、たった1個が卵子と結びついて私たちは生まれました。考えられないくらいの少ない確率です。それを考えますと、私たちは自分の命も、人の命も、そしてこれから生まれてくる子ども達の命も、おろそかにはできません。
 
 のっけから、何の話だ。

 この4,5日、私の頭の中を「たまたま」が、面白おかしく転げまわっているのです。きっかけは先日の私のブログにコメントしていただいた方の言葉から。

 たまたま、って何だっけ。私たちは生まれ来る時から、天文学的な、奇蹟的な確率の元に生まれています。もし3億個の他の精子が卵子と結びついていたなら、私は今ここにはいません。いえ、1回だけとは限らないので十数億個の中の一つが私です。なぜ、私になる精子が結びついてくれたのか。それは当然、私の意志ではありません。たまたま、です。
 そう言えば、かつて反抗期の少年が親に向かって、「生んでくれと頼んだ覚えはない!」と歯向かっていました(今時の中学生は、そんなことは言わないのでしょうが)。
 そうです。人類、いえ、生物の誰一人として、自分の意思でこの世に生まれ出た物はありません。たまたま、卵子と出会えた精子が自分になっただけ、のことです。

 そして、その後、どれだけの「たまたま」が私の身の回りに起こったことでしょうか。
 落とした財布を、たまたま良い人が拾ってくれて警察に届いた(或いはその逆も)。
 たまたま、転勤先のスポーツクラブで知り合った女性が独身だった(そして、今に至る)。
 たまたま入った飲み屋の女性と…?は、ないか。

 当然、善玉たまたま、だけではありません。

 たまたま通りがかった町で、たまたま乗り合わせた電車で、事件や事故に巻き込まれた人も数知れずいます。そんな悪玉たまたま、も常に身の回りに潜んでいます。

 生まれてから、いえ、生まれる前から死ぬまで、コロコロと転がりまわっている「たまたま」の上を覚束なく歩いているような気がしています。

 運命だとか、赤い糸の伝説だとか、人知では計れない、たまたまが実に多いと思います(個人的感想ですが)。

 「たまたま」、大いに結構ではないですか。自分より速い人が2人しかいなかったから3位になれた。自分より速い人が、たまたま1人しかいなかったから2位になれた。誰もいなければ1位です。でも、世間は広いです。

 たまたまを、あでや疎かにできるとは思いません。どんなことも、自分の力だけで成し遂げられるなどと、私は思い上がってはいません。練習や努力が必ず報われる、と言い切れる人は、それ程多くはいないと思っています(努力目標の低い場合はべつとして)。

 6月25日の朝日新聞天声人語に書かれていた。「日本の原発は、事故は50億分の1、隕石に当たるような確立と言われてきた。神話というより法螺に類しよう」。
 僅か一人の人間が、この世に生まれる確率より少し高いだけ。でも、私が今、生きているのは法螺ではありません。

 たまたまを大切にすることで、謙虚になれると思います。謙虚になることが、ステップアップに繋がる。謙虚になることで、人にも優しくなれる。と、私は思っています。

 善玉たまたまに出合ったら大いに喜ぶ。善玉たまたまに遭ってしまったら悲しみ反省。それでも、なりたい自分を目指して努力は続けていこうと思います。

 ************************
 25日の練習
  仕事の予定が変更になり、
  ラン:小机フィールドて横鉄ヤッソ。
   アップ1,200m
   (800m+JOG400m)×2
    1本目 3′34″+3′31″
    2本目 3′29″+3′29″+休憩7′
    3本目 800m3′44″+休憩3′40″
    4本目 800m3′36″
    計5,200m
   膝を殆ど気にすることなく走れた。
   これからは1回当たりの距離を、
   ゆっくりした速度で良いので延ばしていこう。
  スイム:1,000mのんびり。
Secret

TrackBackURL
→http://kiyoandoyoko.blog137.fc2.com/tb.php/159-22b92ea3