10月31日、大阪地裁の判決

 パチンコ店放火により5人が死亡、10人が重軽傷を負った事件に関する裁判で、被告には求刑通り死刑の判決がだされた。更に今回の裁判は、有罪無罪及び量刑判断だけでなく、絞首刑は残虐な刑罰を禁じた憲法に違反するか、ということに対しても判断を求められた裁判だった。結果、前近代的な側面があり、最善かどうかは議論があると指摘しつつも、死刑執行に当たり絞首刑も合憲であるとの判断が示された。

 死刑制度には様々な意見がある。ただ、自力救済が認められない法治国家においては、被害者遺族の感情を慮ると死刑はやむを得ないのかもしれない。乱暴に言ってしまえば、仮に死刑を廃止するなら、仇討を認めるくらいのことと引き換えにしなければならないかもしれない。

 マスコミでは、死刑囚の実態や死刑執行に携わった方が取り上げられる。確かにそれだけをみれば、死刑廃止の思いも十分分かる。ただその一方で、実際に犯罪が行われた場面や、被害者遺族の感情をそのまま取り上げられることは少ないように思う。もし、それらが冷静に取り上げられたとしたら、死刑存続も妥当であろう。勿論、被告に死刑が執行されたからと言って、被害者遺族の感情が満たされることもないと思う。

 裁判員も被害者遺族も、生涯放ちえない重荷を負うことになるのだろうか。

 仕事柄、裁判所に立ち寄ることが多く、空いた時間に裁判を傍聴することもあるが、犯罪事実の軽重を問わず、法廷の空気はとてつもなく重い。刑事事件ともなれば被告の今までの人生全てが掘り起こされることもある。

傍聴席に座るだけでも辛いのに、この先、裁判員としてそのような場に臨むこともありえる。いつ、どのような法廷に立とうともしっかりと自分の意思を通せるだけの、準備はしておこうと思う。法律知識だけでなく、生きること全てにおいて。

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「 靴ひもを締め直しけり冬の虹 」  ほつ枝(以下) 「 風白き見知らぬ街にバスを待つ 」
「 風吹く街におさなは人と成りゆくか 」    「 抱いてやるさみしがり屋の言の葉を 」
「 樹の匂い纏う男とすれ違う 」   「 枯れ深き報道写真の一葉  」
 「 今を生きること大きな握りめし 」   「 「また会いましょう」と一期とならむ手を握る 」
  
      「 物忘れわすれ忘れて息白し    ほつ枝  」

 自分の年齢の上にあぐらをかいて、どっか眺めている感じだ。イカンイカン。(当番は来ないと決めて)

若き日の旗は、どうした? 秀枝よ
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