人思う、故に我あり

 なんで、ブログを始めたか。 

 山の中で一人で暮らす仙人。実際にいるかどうかは知りませんが。彼は豊富な知識や経験、優れた技術や才能を持っています。しかし、それを誰に伝えるでもなく、一人で抱えていては、何も持っていないのと一緒です。
 南の島から帰還した元日本兵。これは実際にいた方。太平洋戦争が終わって何十年も経って、戦死していたと思われたのに南の島で発見され、2人が帰還しました。社会との交わりを全くしていなかった為、生きていても「死んだ」ことにされていました。おそらく、他にもそのまま人知れず亡くくなった方も少なからずおられたのではないか、と想像できます。
 会議に出席しても一言も発言しない社員。これは実際に沢山います。自分の意見や感想を全く述べない。しかも、その結果を持ち帰って活かすこともしない。これではその場にいなかったのと一緒です。後で何かの事件に巻き込まれても、アリバイ証言すらしてもらえないかもしれません。
 
 人の存在は、人から思われてこそ意義があるのでしょう。そのためには先ず、自分自身を発信しないことには何も始まりません。その発信を、他者がどのように受け止めてくれ、取捨選択されるのか。それは発信する人自身の人間性にまで及んでくることかも知れません。賛同、反対、その他どのような反応でも構いません。勿論、無視されることも覚悟の上です。誰からも何も思われない人生なんて、クリープの無いコーヒーみたいです。そのためには、自らの発信は大切です。
 
 そして、発信できる人は、他者に耳を傾ける事の出来る人だと思います。人思う、とは人から思われること、そして人を思うこと。

 だた、発信者としての自覚と責任は持たなければなりません。言論の自由を盾に、何でも許されるものではありません。特に、匿名で出来ることは注意すべきです。何事も、自己規制が無ければ、必ず他者規制が入ってきます。
 
 中学生の頃ですから、今から40年程前。担任の先生から「これから先の世の中、人間のやることは全て、機械やロボットがやるようになる。だた、文章を作ることは人間にしか出来ない。文章を書き続けなさい。」と言われました。いささか大げさな話と思っていましたが、現代は、人の感情にも反応できるロボットまで現れました。ワープロからパソコン。文章を書く(表現する)方法は発達してきました。しかし、文章を考えて発信することはどうでしょうか。もしかしたら、近い将来、それもロボットがやるようになるのでしょうか。せめて、今は、ロボットでもできることしかできない人間にはなりたくないものです。
 
 なので、文章を書いて、トライアスロンを続けます。

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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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