困った人を見かけた時、どうするか。
 自分ひとりが困った人を見ていると思ったら手助けするが、見ている人の数が増えれば増えるほど手助けする人は少なくなる、という実験をテレビでしていました。心理学では傍観者効果というのだそうです。
 実験の一つは、書類を抱えて道を歩いていた時、その書類を落した時、拾ってくれるかどうか、というものでした。落した時、通りかかった人が一人の時は8割以上が、拾ってくれました。通りかかった人が、二人以上の場合、少し減ります。そして4人以上の時は誰も拾ってくれませんでした。つまり、自分がやらなければならないと思うか、自分がやらなくても誰かがやるだろうと思うか、の違いを説明しようとしているようでした。
 ただ、実験方法については疑問が残りますし、傍観者効果などという一般論で片付けられてしまうのも如何なものかと思ってみていました。見ている人が多かろうが、少なかろうが、手助けするかしないかは、その人それぞれの人間性ではないかと思います。

 このところ、外部からの情報は大切だと思うと同時に、情報に対し、素直に受け入れられない時も増えてきました。先日もテレビで、ある女性経済論者が、行政書士の資格をとることを勧めるような発言をしていました。その人によると、行政書士になれば年収1億円も可能だ、と言うのです。しかも受験資格に大卒はいらない、と説明していました。
 では、日本全国に何人の行政書士がいて、そのうち何人が年収1億円を越えているのか。また、その割合は他の職業と比べて多いのか。1億円を越える為にどれだけの努力が必要なのか。さらに、大卒でなくてもいいとはいうものの、試験科目や合格率はどうなのか。大いに疑問でしたが、それらの説明は全くありませんでした。
 それでも、収録会場に来ていた人達は驚きの声を上げていました。何故、そのような疑問が湧かないのか、それこそ疑問でした。

 英会話学校の電車内広告で、「当校の新会員の8割が在校生の紹介です。」とのキャッチコピーがありました。コピーの主旨は、多分、在校生が周りの人を紹介してくれる程、授業内容に満足しているんですよ、というものだと理解できます。では、8割と言うのが、他の学校と比べて多いのか少ないのか、というのは示されていません。また、紹介以外では2割の人しか来ない理由がなにかあるのでは、とも思ってしまいます。単に8割と言う数字だけに引き付けられてはいけません。

 冒頭の傍観者効果の実験でも、「割合」という一見客観的な数字で納得させようとしていますが、割合を産出する時の母数が示されていなければ鵜呑みにすることは出来ません。
 通りかかった人が一人だったのケースは何件だったのか。4人以上だったのが何件だったのか。それに対して何人が反応したのか。母数の多寡によって割合をいうのもは大きく左右されるはずなのに、それが示されなければ、例外的なケースが、あたかも一般的な結果であるように誘導されてしまいます。或いは、その逆方向へ錯覚させられる場合もあります。
 
 情報に接する時には、多少、穿ってみることも必要でしょう。

 でも、こんなことを考えているよう人間の方が、えてして詐欺に遭い易いのかも。
 
 

 
Secret

TrackBackURL
→http://kiyoandoyoko.blog137.fc2.com/tb.php/26-47a54db5