「Shoulder to shoulder でしょうか。」場内アナウンスが聞こえる。ゴール迄後400m。肩と肩を寄り添って?。そんな気は私にはさらさら、ない。太っても(?)枯れても、元Tow Laps Runner の意地。追いついたらそのまま一気にスパート。3位の表彰台を目指して。

 スタートダッシュは大成功だった。スタート前の他の参加者のアップを見ていたが、スイムが特別に得意そうな人は見られなかった。スプリント種目では、スタート前に一度息をあげておくのが普通なのだが、そのアップをしている人はいなかった。ならば…。レースはスタート前に既に、始まっているのだ。

 1週間前からはバイクの練習もしなかった。膝への負担を押さえる為。その代わり、スイムは400mを6分で泳げる状態にまで整えられた。6位入賞を目指すためには、スイムでは悪くても3位以内、バイクで落ちても6位、ランで維持。3位以内を目指すなら、スイムは1位通過が絶対条件。目標達成には、とにかく先行逃げ切り。そのパターンしか考えられなかった。

 その目論見どおりに事は運ばれた。スタートして50mも泳がない内に、前後左右に人の気配は全く感じられなくなった。スイムコースは片道100mを2往復。最初の折り返しで後続を確認。追いつかれそうな人はいなかった。ただ、その後は、安心したわけではないのだが、今から思えば、楽に泳いでしまった。もっと追い込めたと思うのだが、海でのペース維持は難しい。スイムはそのまま終了。陸にあがる時、振り返ったが2位は、後20m位の所を泳いでいた。トランジッションへ移る時に、ヨーコ仲間の横国大主将から応援を受ける。
 
 勢いを保ちたかったが、ウェットを脱ぐのに手間取り転倒。もたついている間に一人、バイクに先に乗られてしまった。せめて、100mでもバイクで先導車の後を走りたかった。バイク2kmで、また一人追い越される。私から見れば、途轍もない速さ。ついて行けはしない。この後また、スイムと同じように一人旅となった。コースの一部は日産自動車のテストコースを走り、カーブも多く前後走者を確認することが出来るにもかかわらず、全く見えない。全くレースをしている、という緊張感が湧かず、一人練習しているような気分。3位はキープできそうだと、ここでも追い込み切れない。ところが、バイク終了2km手前くらいで、一人に抜かれた。先ほどまでは見えなかったので、焦る。やっと、レースをしているという緊迫感を受ける。

 ランへ移る時は、3位とは7秒差。走り始めたら、膝の痛みは感じない。バイクを漕いでいる間に温まったのかも知れない。ただ、練習不足は否めず、ペースは上がらない。それでも、3位の人もそれ程ランは得意ではないようだ。差は少しずつだが縮まって行く。ここで、悩み。いくら今、膝の痛みを感じなくても何時、痛みが出るか分からない。6位目標にして、自重して行くか。思い切って3位を狙いに行くか。仮に潰れても、多分、5,6位までは少し余裕があるはず。ならば…。入賞しても表彰台は3位までなのだ。

 1km地点で3位を追い越す。そのペースを維持するのだが、敵もさる者。なかなか離れない。逆に、残り1kmで抜き返された。4位でも満足かな、という思い。でも、それは最後の力を振り絞らない自分への甘え? 3位と4位の違いは何だろう。このまま4位でも入賞。今の体調や練習量なら、これでも十分かな、という思いも少なくない。一方、ここで諦めて3位になれなかったときの後悔は? オリンピックならメダルのあるなし。ならば…。もう一度。

 勝負事に運は付き物という。今回、3位に入賞できたのは、運が良かったという他、ない。記録的には3位どころか6位にも値しないものだった。運が良かったのは、3位を争う人と、後から来る人ともに、ランが得意ではなかった、ということに尽きる。3位の人に、ランに移った直後、そしてラスト1kmで抜き返された時、そのまま引き離されていたら、恐らく、私には追う気力は湧かなかったはずだ。5位以下の人に追いかけられていたら、6位への守り入っていたに違いない。運も実力の内、などという綺麗事を言うつもりはない。ただ、表彰台に上がりたいという気持ちは、少しだけ強かったかも知れない。ヨーコの同級生に少しは格好いいところを見せたかったのと、鉄人の旗を表彰台でかざしたかった。

 レース前から、日産カップへの出場は、今年で最後にするつもりだった。ヨーコの同級生も卒業するし、ウェット着用義務のレースにも興味はないし。でも、表彰台に立ってから6ヶ月。先頭で勝負できる快感は忘れられない。普段、エージで順位を争そっていても、レース全体から見れば先頭が見える位置では戦えない。スプリントなら、全体でもトップグループで競える。スイムが得意であれば私の年齢でも、このようなチャンスは掴める。バイクで先導車の後も走ってみたい。トライアスロンを始めて26年も経ったベテラン(?)が、スプリントに出るというのも多少、気が引ける所もあるが、年齢が上がれば上がるほど不利になるといわれるスプリントなら、50歳半ばなら許してもらえるだろう。ならば…。来年は、一番高い所を目指してみようか。
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