中東イスラム圏で反米デモが広がっています。米国で作成された映像が原因とされています。もともと根強かった反米意識にこの映像が火をつけてしまったようです。イエメンでも死者が出ました。 アメリカの人類初の月面着陸を称えた切手も発行しているくらいです。両国間で平和的に解決できないはずはない、と思うのです。
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先日、アポロ11号のアームストロング船長がなくなりましたが、月面に降り立った時に発した言葉を丁寧に再現し、足跡を残しているのが、とてもかわいい、というか、いじらしいというか、好きな図柄の切手です。イエメン王国時代の切手です。

 下の6枚はイエメン・アラブ共和国時代の切手。アポロ12号が打ち上げられてから月面に着陸し、地球に向け帰還しようとしている行程を表しています。年月日や月面滞在時間が正確に記されています。
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 イエメンは紀元前1,000年頃、シバ王国として興ったとされています。先日、世界の切手で紹介した女王が治めていた国です。日本では縄文時代の後期(一部の説では弥生時代が始まった頃)になります。邪馬台国の女王卑弥呼が歴史に名を残す1,200年ほど前です。

 シバ王国はシルクロードのインド洋の海路とアラビア半島の陸路の接点にあったことから交易に伴う通行税収入や、特産の乳香(宗教儀式に使う香料)による収益で繁栄し、その収入をもとに古代巨大ダムを建造し農業も発展していたようです。この為「幸福のアラビア」と呼ばれていたそうです。ところがその後、航海術の発展に伴い、交易のルートがインド洋から紅海を経て地中海へ向かうルートが一般的になったことから、次第に廃退していき、紀元後570年にダムが崩壊してからは歴史の表舞台からは姿を消しました。

 その後は、小さな王国が乱立した時代を経て、エチオピアやオスマントルコの支配下になったり、南部の港がイギリス領になるなど苦難の時代が続きました。1919年にオスマントルコが第1次世界大戦に敗れたことから、イエメン王国として独立をしましたが、1962年には軍人を中心としたクーデターで、イエメン・アラブ共和国ができました。ただ南部はイギリスが撤退した後、共産圏の支援を受けていたこともあり、南北に分断された状態でした。

 1970年代には南北間での内戦もありましたが、ソ連邦の崩壊もあったことから1990年5月に、漸く南北が統一されイエメン共和国となりました。ただ、その後も南北間での内戦は収まらず、米国からも敵対視されている状況が続いています。 シバ王国以降、安定した国の状況ではないのですが、私が持っている切手で、国別にすると上位2,3カ国目になるくらい多数の切手が発行されています。多くの国の切手の図柄が、動植物や自然、風土などを描いたものが多い中、イエメン(王国時代やイエメン・アラブの時代も含め)の切手には、宇宙開発やオリンピックに関連する切手も多いです。国家が安定しない中、宇宙やオリンピックに理想や平和を求めていたのかもしれません。

これはイエメン・アラブ共和国時代に発行された、札幌オリンピックを記念する切手です。
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イエメンの切手は、適宜、ご紹介させていただきたいと思っています。

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