キヨタには、二度、学校の教師から体罰を受けた記憶があります。何れも体育会の部活動とは全く関係のない場所です。もう40年以上も前のことです。
 最初は、小学校2年。自習の時間に騒いでいただろうと決めつけられ、殴られました。二度目は中学2年、技術の授業中、木工細工を作っている時、穴を削る位置が違うと木材で叩かれました。
 どちらも単発であったことと、叩かれて価値のあることで叩かれたのではないとの意識もあったのでしょうか、根に持つとか、心身ともに傷が残ったことはありませんでした。単に「記憶」として残っているだけにしか過ぎません。

 しかし、それ以上に、気持ちの傷で残っているのは、美術(図画工作)での出来事です。世間で言う体罰ではありませんが、キヨタにとっては体罰以上にキツイことでした。こちらも二度ありました。
 キヨタは赤緑色弱という先天的なのもあり、図画工作や美術の評価は常に5段階の内、2ばかりでした。ですから、もともと苦手意識はあったのですが、絵を描くことそのものは嫌いではなかったように思います。そんな中での出来事です。

 最初は小学校の6年の時。他の科目の教師も参加する研究授業中、悪い見本として指名され、画いた絵を掲げさせられました。同級生からは嗤いも出ました。この先生には、はっきり言って他の授業も含め、恨み骨髄です。
 二度目は中学2年。校外写生で最寄りの駅に行き、丁度停車していた列車の絵を描いていました。当時から鉄道が好きだったので、車体を綺麗に色分けし一人悦に入っていました。すると先生が見て、「実物はこんなに綺麗じゃないでしょう。」と有無を言わさず筆を取り上げ、車体に薄黒く色を付けていきました。確かに目の前にあるのは長年走り続けたであろう薄汚れた車体であることに違いはありません。しかし、鉄道好きとしては、車体を綺麗な姿で残したかったのです。心の中にも薄黒さが残りました。

 尤も、たかが絵2枚のことですから、それによって人生を狂わされたとか、深く思い悩むこともありませんが、キヨタにとっては先に受けた体罰以上に、厭な思いは残っています。画いた絵によって性格が判断されると言いますが、とんでもないことです。

 ただ、そんな思いも高校の時に出会った美術の先生が油絵を描いている時「自分の好きなように描けばいい。」と言ってくれた言葉が、それらを消し去ってくださったように感謝しています。それは単に絵を描くことだけでなく、他の生活や生き方も応援してれる言葉にもなっています。そして今でも、イーゼル他、油絵の道具は部屋の片隅にあります。

 今、改めてスポーツ指導での体罰が問題になっています。けれど、キヨタの生徒・学生時代、団体スポーツにおいては、スパルタを通り越した鉄拳制裁の話は、当たり前のように聞いていました。身近であったのは、中学の野球部での「けつバット」という行為。「けつ」とはお尻のこと。ミスをしたり先輩から気に入られなかった時に、後ろ向きでお尻を突出し、その尻をバットで打たれるというもの。お尻をボールに見立ててバットスィングするものですから、ジャストミートされた時は相当の衝撃を受けたようです。キヨタは、中学から陸上部に所属しいたものの、強豪校でもなんでもなく、専門的な指導者もいない、上下関係も厳格でない、同好会的雰囲気でした。なので、それだけが理由ではないでしょうが、全国大会へ行っても初戦であっさり最下位になってしまう程度でした。スポーツの中での体罰は実体験としてはありません。ですから体罰に関してはどうこう言える立場ではないかも知れませんが、もう少し厳しい環境があっても良かったのかもしれない、とうのが個人的感想です。

 けっして体罰を擁護するつもりもありませんが、体罰を問題にするなら、それに等しい、もしかしたらそれ以上の傷を残す言葉による暴力や、相手の気持ちも聞かない一方的なトップダウンによる圧力も、十分に非難されて然るべきと思います。言論や報道の自由・権利が強調され、発信力の強い言葉が受けています。報道されたくない自由や権利もあるはずです。発信の場を持てない草の根の意見もあるはずです。
 
 ペンは剣より強し、と言われます。別な形でペン(言葉)が使われてしまうと、ペン先一本で人の命も奪いかねません。
 
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