関行男 と言う人

 『夢千代日記』でも知られる、愛媛県出身の作家、早坂暁さんによると、愛媛県の男は「温泉に浸かり過ぎでふやけている」らしい。四国四県の内、愛媛以外の三県と瀬戸内海を挟んだ対岸の、岡山、広島、山口からは何れも総理大臣が生まれているが、愛媛はまだ、と言うのもその証左の一つらしいです(尤も、一概に総理大臣が偉いとは思いませんが)。確かに愛媛県出身の男性は、文化・学術方面や野球選手は優れた方々を多数輩出していますが、政治経済面では余り多くはないようです。
 早坂さんによると『坂の上の雲』の中で知られる秋山兄弟ですら、「天気晴朗なれど、波高し」という表現の出来る文学的才能の方が高い、と言われます。
 そんな愛媛県男児の中にも、太平洋戦争中、軍神を言われた人がいたことを知りました。
関 行男
イメージとしては右側の温厚な方が愛媛県人らしく思えるのですが、左側の人です。

 タイトルの通り、太平洋戦争終期に特攻隊と称して、戦闘機で米軍艦船に体当たりをした軍人が描かれています。そして、その特攻隊=神風特別攻撃隊の第1号機に選ばれたのが 愛媛県西条市出身の関行男大尉。1945年10月25日、新婚僅か6カ月の関大尉率いる敷島隊5機が玉砕、日米側ではその結果は異なりますが、海軍省によると「空母一隻撃沈、同一隻炎上撃破、巡洋艦一隻轟沈」だそうです。
 関大尉は旧制西条中学で文武両道に優れ海軍兵学校へ進みました。西条の隣町で生まれ育ったキヨタの父より6歳年上なので、同じ剣道をしていても擦れ違ったことはないと思います。
 それにしても、特攻隊第1号が西条の人だったとは驚きでした。

 そして写真右側は中津留達夫大尉。関大尉とは海軍兵学校の同期。関大尉が最初の特攻隊に対し、中津留大尉は最後の特攻隊。しかも出撃したのは玉音放送が流れた後。

 今般、就任する内閣法制局長官は、安倍総理に近い、集団的自衛権を容認するお考えを持っておられるようです。参議院選挙の結果は有権者が選んだことなので、その結果は日本国民全員が負うべきことですが、今一度、日本国憲法前文と第9条、立ち止まって考えてみたいものです。
 
 23歳だった関大尉の出撃前の言葉。「僕は短い生涯だったが、とにかく幸せだった。しかし列機(同行する特攻隊機)の若い搭乗員は…」。
 
 もう直ぐ、あれから68回目の8月15日、です。

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