「絵は音楽に負ける」。昭和洋画壇の重鎮、中村研一さんの言葉だそうです。理由は「音楽に涙する人は多いけれど、絵で泣いた話はめったに聞かない」からだそうです。朝日新聞1月10日付天声人語欄に載っていました。近頃、「泣ける歌ベスト10」とか、映画やTVドラマの予告編、更に書評でも、「泣けます」「泣かせます」というキャッチコピーを頻繁に見ます。それほどまでに、人に涙を流させることは素晴らしいこと、なのでしょうか。

 私は、絵に泣かされたことが2度、あります。何れも、自分自身が描いた絵によるものです。
 
 私は、子どもの頃から図画工作が苦手で、通信簿でも5段階評価でいつも2でした。
 最初に泣いたのは、小学校6年生。授業中で描いた絵を発表する時、先生から私の絵を出すよう言われました。先生は私の絵を貼りだし、どこが悪いのかを説明しはじめました。同級生だけでなく、市の教育委員会の方が大勢視察にきていた目の前で。
 2度目は中学2年生。校外写生で国鉄(当時)の駅に行きました。丁度停まっていた車両の絵を描きました。自分でも不思議なくらい良い色が出て、隅々まで綺麗に描きました。ところが、先生が突然、私の筆を取り、黒の絵の具で車両のところどころ墨を入れていきました。「良く見てご覧、あの車両はこんなに綺麗じゃないでしょう。」と言いながら。確かに使い古された車両は埃まみれでした。でも。鉄道好きの私は、車両を綺麗に描いてあげたかったのです。

 それでも、絵に喜ばされたこともあります。高校の美術の授業で、油絵を描いていました。下手なのは自分でもわかっています。それでも先生は言ってくれました。「絵というものは、自信を持って自分の思い通りに、思いのままに描けばいいんだよ。これからの人生も」と。最後に出会ったのがこの先生で良かったです。もし出会う順番が逆だったら…。

 泣ける、泣けないなんて、何の評価基準になるのでしょう。作られた音楽や映像がなくても人は泣けます。泣きたくないと思っても泣けてくる時もあります。そもそも、絵と音楽の間に、勝った負けたのという関係は存在しないでしょう。私は泣かされる音楽より、喜ばせてくれる絵の方が好きです。今日も心に太陽を。
Secret

TrackBackURL
→http://kiyoandoyoko.blog137.fc2.com/tb.php/51-71a5e883