彦根城

 日本各地にはたくさんの城跡があり壮麗な天守閣も建っています。ただ多くは昭和や平成になってコンクリートなどで再建された物です。江戸時代以前に建てられたお城の天守閣の殆どは明治維新後の廃棄や戦争の空襲などで破壊されたり、炎上してしまいました。その中でも建てられた当時のまま残っている天守閣が現存天守と呼ばれています。さて、日本全国で現存天守、その数は?

 今回訪ねたのは、その現存天守の中の一つ、彦根城です。夏にトライアスロンチームの合宿が彦根で行われた時、メンバーと朝の散歩に行きました。

井伊家の居城でも知られる彦根城も、明治になり解体目前だったところ、明治天皇が通りかかり保存するように言われたと言う説もあります。徳川家康の命により1604年に着工。天守は大津城から移築され2年ほどで完成したそうです。城郭全体が完成するのは1622年と言われています。

その天守閣の遠景。手前のグランドのライトが目障りなのですが、ご辛抱を。
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天守閣へは濠を渡り、石段、坂道を上ります。
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お城などの屋根には三角形や湾曲した飾り(?)が設けられています。これを『破風(はふ)』と呼びます。その形によって、呼び方が異なります。天守閣1層の屋根の「へ」の字型の破風は「切り妻破風」。その上にある瓦に載っているのは「入母屋破風」。
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2層左側は、入母屋破風に似ていますが、屋根には載っていません。切り妻破風に庇がついている造りになっていて、現存天守の中では彦根城だけに見られる特徴だそうです。2層と3層の屋根の湾曲しているところは「唐破風」と呼ばれます。
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釣鐘型の窓は「花頭窓」と呼ばれます。銀閣寺とかお寺のお堂で良く見かけます。
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真横から見ると、2層の破風が斜め上向きになっているのが分かります。他ではあまり見かけません。
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本丸から南西方向に琵琶湖を望みます。
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北西方向の琵琶湖の眺め。昭和歌謡の「青春の城下町」(アラ還より上の世代の方しかご存知ないと思いますが)、その中に出てくる場面。城山に上れば見える君の家を、窓に灯りが燈るまで見ていたのは、こんな風景だったのでしょうか。
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城郭内や城山の麓には櫓や庭園が残されていますが、また何れ時間を見つけて来てみたいと思います。

さて、冒頭の、現存天守の数。今どきのブームやクイズ番組などでご存知の方も多いでしょうが、日本全国で12城あります。この内8つは訪ねたことがあります。残り4つ、遠くない内に行ってみたいと思っています。現存12天守は弘前(未)、松本、丸岡(未)、犬山(未)、彦根、姫路、松江、備中松山(未)、丸亀、松山、宇和島、高知です(「未」はまだ行ってない所)。

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「われはうみの子 流離いの旅にしあれば・・・
[ 琵琶湖周航の歌] よく歌いました。
湖西線で巡ることに。まず大津で遊び、途中下車
を重ねながら長浜に辿り着く。
長浜城の天主閣をひとり占めでした。が、やがて
寂しいやら怖いやら、風の音にも驚きぬです。
なのに、翌日また登りましたよ。それだけ魅かれる眺望でした。
 「明日は 今津か長浜か」と歌はつづく・・・
再び湖西線で帰り(帰りたかった)東側へ廻りませんでした。 彦根城にも参りたいですね。
「登れば見える君の家・・窓に灯りが点るまで」
カセットに残っていて 聴いていますよ。
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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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