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 今治城は藤堂高虎によって築城された全国でも珍しいお濠と海がつながっているお城です。キヨタが子供の頃は石垣跡しか残っていませんでした。その後、天守閣や櫓が再建され今では百名城の一つとして今治城の名も知られているようですが、キヨタとっては(或いはある程度の年齢より上の地元の人にとっても)、今治城と呼ぶより吹揚(フキアゲ)さんと呼ぶほうがなじみ深いです。本丸の中に当時から吹揚神社があります。

 そんな地元の高校に通っていた頃、キヨタは陸上部で400、800mをメインにしていましたが、長い距離を走るも好きだったので、オフシーズンには時々グランドを出て町の中を走っていました。その頃は町の中の一般道路をランニングしている人など皆無でした。地元に実業団や大学の陸上部もなく、他高校の長距離部員も行程を周回するのが通例でした。卒業後も帰省の折になどにたまに走っていましたが、走る爽快感より、走っているのが変人に観られやしないかという気持ちの方が強かった記憶があります。その後市民マラソンが広がり始めたものの、地元でマラソン大会が開かれるようになるとは思ってもいませんでした。愛媛県は当時から高校生の運動部で強かったのは野球、水泳、ボートなど。陸上競技はマイナーな部活でした。因みに男子の高校駅伝の全国大会で、入賞経験のないのは僅か6県。その内の一つが愛媛県で過去最高は16位が3度あるだけです。
 
 そんな地元で市民マラソン大会が開催されたのが1987年。キヨタがトライアスロンを始めて2年後でしたので、第1,2回に参加した記憶があります。距離は最長で10kmでした。当時は市民マラソンブームも今ほどの広がりはなく、この大会へのエントリーは全く労せずできました。郵送で要項を取り寄せ、期限内に返送さえすれば訳なく参加できました。しかも当時も横浜に住んでおり、そこから参加したことで「遠来賞」なるものも頂きました。その後は転勤で全国あちらこちらにいて10kmのレースの為に帰省を兼ねてとはいえ参加するモチベーションはあまりなくなっていました。そしてその次に参加したのは多分2000年ではないかと思います。この時は京都にいてヨーコと初めて一緒に参加しました。2004年からハーフの部が定着するようになり、これなら参加してみようかと思うようになったのですが、この頃からマラソンブームにも乗って気付くとすでに定員が一杯になっていたり、2~5kmの部を覗いては、ネットによる先着順になったりとしてエントリーの機会すらなくなってきました。今年も早くから気をつけていましたが、ネットでの先着順の他に10kmとハーフの部には抽選枠が設けられたことを知り、そちらの方に運を任せてみる事にしました。ネットでの受け付け開始が平日12時からということで、その時間帯に個人的にネット通信できるような環境にはありませんので、予め事務局に連絡し要項を郵送してもらいました。もっとも抽選にも当たるかどうか解りませんが、一縷の望みは、横浜という遠方から夫婦二人で申し込むことで、もしかしたら優先してもらえるかもしれないことです。その抽選申し込みも第1希望をハーフとし、ハーフに外れた場合10kmの枠が余っていれば10kmでも良いかという選択肢つきでした。結果、ハーフに外れ10kmでの参加許可を得ました。やはり抽選は厳正に行われたようで、情実は絡めませんでした。ともあれ、3連休でもあり里帰りも兼ねて参加することとしました。

 ところが大会は10月13日なのに、前日の土曜日の夕方6時まで都内で外せない仕事ができてしまいました。仕事を終えて新幹線に飛び乗ってもその日の内に今治までは辿りつけません。やむなく夜行バスを利用することにしました。東京からは夜8時20分に浜松町を出発、今治到着は翌朝7時30分、11時間延ばすたびになります。出発前の一杯は浜松町近くにある古くからある居酒屋(メインは焼き鳥)。
20代半ばの頃、勤務先が浜松町にありましたので、何度か行ったことがありますが、ほぼ30年ぶりに行ってみました。土曜日なのでこんな感じですが、平日の夕方からは近隣の勤め人(老若男女を問わず)で、なかなか席も取れないくらいです。ほろ酔い少し手前くらいのところで、車中の友を買ってバスに乗りました。
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阪神ファンですが、今回だけはカープのクライマックスシリーズ初進出を祝って「赤」で。
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 翌朝の四国は申し分のない秋晴れ。少し気温は高いものの絶好のジョギング?日より。車内では足も伸ばせず、あまり眠れませんでしたが、元々練習不足で1時間程度で気持ち良く走れれば良いと思っていましたので、受付を済ませ、ストレッチをしながらのんびりスタート時刻を待ちました。


会場には、今年のゆるキャラグランプリの愛媛代表でエントリーしている「みきゃんちゃん」が駆けつけていました。ゼッケン2017は、2017年に愛媛県で国体が開催されるのを応援してでの番号です。2km、3km、5km、10kmそしてハーフの5部門で、茨城県から宮崎県まで2.452人がエントリーしていました。
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 今回のもう一つの楽しみは、3人の人と会えるかな、ということでした。お一人はブログで知り合った高校陸上部の後輩の方で、地元で整骨院をなさっておられます。歳はかなり離れていますので、直接の面識はありません。もう一人はキヨタ在学当時2年下の後輩で、彼とは一緒にグランドで汗を流しました。卒業後もランニングを続けていることは知っていましたが、連絡を取り合う機会はありませんでした。このお二人はハーフの部にエントリーされ枝いました。レース前後に会場でゼッケンを頼りに捜してみましたが、残念ながらお会いすることはできませんでした。 
 そして最後の一人は叔父さん。キヨタの母の弟でもあり、高校の陸上部の大先輩でもあります。69歳になりますが走り続けていて、今年はキヨタと同じ10kmの部に参加します。1お互い練習不足もあり、スタート地点では一番後ろに並びました。キヨタは背中に『Big Lake』と印刷されたチームTシャツでの出走なので、後ろから追い越して行って背中を見られる方が目立つかな。とう打算?もあります。もっともそれほど多くの人を追い越せるとも思われませんが。エントリー数が958人、多少の不参加者もいるでしょうから900番目位からのスタートでしょうか。
 
 出だしはキロ6分を超えるペース。足の筋肉が固まってなかなか動けません。コースはスタート地点から数百メートルは今治城を左に見上げながら走ります。その後は倉庫地帯などを通り抜けて行きますが、好天に恵まれ正面には西日本最高峰の石鎚山を中心とした四国山地の山並みが望めます。海沿いに近いコースなので、川を渡るときはすぐ近くにの河口越しに瀬戸の島々が顔を覗かせます。川を渡る橋で僅かなアップダウンがあるだけで、後は全く平坦で、適度なカーブやコーナーもありますので飽きない走りやすいコースです。ただ沿道の応援は期待できません。4km辺りから海沿いには出るのですが、高い防波堤の内側を走りますので海が全く見えないのも残念です。

 この辺りからキロ6分丁度くらいのペースに戻りましたが、1時間切りに向けてはもう少し上げなければなりません。遅いとはいえ、前を行く人と捉えられるのは励みになります。もっと高いレベルでそうならなければいけないのでしょうが、今のキヨタではこの程度です。9km手前あたりで防波堤の切れ目からしまなみ海道の一番四国寄りの橋、来島海峡大橋がチラリと見えました。最後は再び今治城を今度は右手に見ながらゴールまでn。最後まで一人も抜かれず(最後尾からのスタートなので当たり前)走り切りました。ただし、タイムはネットで59分38秒。現状での最低ラインは何とかクリアしましたが、10kmレースでのワースト記録を12分ほど更新してしまいました。
 (※ネットタイムとは、ランナーがスタートラインを越えてからゴールラインを越えるまでのタイム。参加人数が多くスタートの時に後ろの方に並ぶと、スタートの合図が鳴ってからスタートラインを越えるまで時間がかかります。今回キヨタの場合、スタートラインを越えるまで44秒かかったことになっていますのでスタートの合図がかかってからの記録は1時間00分22秒でした。記録としてはこちらの方が残ります。)

キャッチフレーズは第1回から変わりません。
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