飛翔!大三島分校

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「大三島分校 みんなの広場」様のカバー写真をお借りしました。

広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」の真ん中に大三島があります。愛媛県最北端の島で四国より本州の方に近いです。海岸線延長88.8㎞、面積64.54㎢で、芸予諸島の中でも大きな島です。
 
 ※芸予諸島=広島県(安芸の国)と愛媛県(伊予の国)の間の瀬戸内海に浮かぶ島々の総称です(私の友達のごく一部の人にだけ有名なhoney島もこの中にあります)。

 大三島で一番有名なのは大山祇神社でしょうか。古くから戦の神様として崇められ、境内の宝物館には源義経が使ったとされる甲冑など、多くの武将が奉納した武具が納められており、その中には数多の国宝があります。ミカン栽培や漁業などの第1次産業が中心ですが、しまなみ海道が開通して以来、観光産業にも力を入れているようです。かつては愛媛県越智郡に属し島の東側が大三島町、西側は宮浦町でしたが、2005年の平成大合併により今治市に編入されました。

 島内には1948年に創立された愛媛県立大三島高等学校がありました。キヨタも高校当時、部活や大三島出身の同級生を通じて、この高校にも何人か知り合いはいました。その後、島の子供の減少や市町村合併の影響もあったのでしょうが、2005年から愛媛県立今治北高等学校大三島分校となりました。その後も生徒数は減り続け今は定員120人に対し49人の生徒が学んでいます。生徒全員が島内の中学出身のようです。少ない生徒数ですが、地元と密着した社会活動や、瀬戸内海の美しい海で行うマリンスポーツのカリキュラムなどが組み込まれているようです。特に、口腔野球の応援では毎年のように優秀校として表彰されているようです。
 その大三島分校が今、存続の危機に面しているそうです。生徒数の減少で来年度の志願者数が31人集まらないと3年後には廃校になる予定だそうです。ある方の情報ですと、島内の現中学三年生の総数が31人。その全員が志願しなければならないことになりますが、近隣の高校に進学する生徒も少なくない中では、島外からの志願者も多数いなければなりません。

 その危機を前に、島の人たちが大三島分校の存続のため在校生と一緒に大いに活動を進めています。今は少子化でどの学校も生徒集めには苦心していることと思いますが、瀬戸内の温暖な気候と温厚な人情の中で3年間の高校生活を送ってみたい(我が子に送らせてみたい)と思われる方がおられましたら、一度お立ち寄りください。

大三島分校みんなの広場のFBです。
 ↓ 
https://www.facebook.com/omishima.highschool?ref=profile


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日の暮れ方、自転車を漕いで港へ行く。
その時間帯が一番いい。 夕焼け空がだんだん
翳り初め、薄っすらと夜の帷が近づく頃、通学の
高校生が一人・二人と島通いの船に乗る。
「いいなあ」と思い、その若さを愛でもする。

燈台に港に、停船中の船に灯かりが点れば
波の間に間に、さんざめく赤い灯・金色の灯。
ベンチに腰を下ろしてぼんやりです。が
帰らなくっちゃあ。港近くの赤ちょうちんの町を
抜け、浅川土手を今度は上向いての自転車。

 わが家の裏手を流れる川がある。
「行かなくちゃ 行かなくちゃ、海を見に行かなくちゃ」と流れて行く。
烈しい渇きを覚える時、私はこの川に沿い自転車を走らせる。
河口に来て右に折れると漁師町。日盛りの真昼の
漁港は、漁を終えた漁舟たちが、犇めき身を寄せ合って深い眠りの中。
ゆっくりとベダルを漕ぎながら、町を抜けて行く。
今治港・内港と岸壁を廻れば、やがて防波堤の
付け根の処。

 防波堤は、遥か遠く沖へと延びている。そう思う。 その先端まで行って見たいと思う。だが、
目の前には「立ち入り禁止」と赤々と書かれた柵。私の行きたい処は、この柵の向こう側。
鉄柵を乗り越えることに決めた。両手で確り柵を
摑み足場を定め、ひょんと身を翻す。其処は最早、非日常の世界。先端に立つ灯台へと歩き出す
 
鉄柵を摑む指が、己を支える力を失った時、私は
海へと落下する。
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Author:kiyo & yoko
努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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