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 2013年10月24日、ある人の名前を思わぬところで聞いた時、あなたとの別れの予感が現実になるかもしれない、と思いました。 

 キヨタが、あなたのことを見初めたのは今から47年も前のことです。6人のグループの中のお一人でした。四国の片田舎に住む少年にとっては、グループの中には、都会的センスがあり多くの人から注目を浴びる人もいましたが、頑張ってはいるのだけど少し不器用でグループの先頭に立ち続けることのできない2番手が定位置のあなたのが一番好きでした。それ以来あなたのことを、ただひたすらに想い続けて参りました。しかし、その年月は決して平坦な道のりではありません。想いが重いだけに辛い時期が長く続きました。周囲からは「何であんな人に。」とか、「一生かかっても想いは通じないよ。」などと冷やかされ続けてもいました。確かに何度も何度も手が届きそうな所までと期待させられながら、その都度裏切られることの繰り返し。どうせなら全く気を惹かせるような素振りを見せなければいいのでしょうに、その気がありそうで、なさそうな態度であしらわれても思いを断ち切ることはできませんでした。「今度こそは」、「今年こそは」願いが叶うのではないかと、むしろあなたへの想いは募るばかりでした。もしかすると少年期から青年期にかけての心を弄ばれたのかも知れません。それでも、そんなあなただからこそ想い続けられていたのかも知れません。せめて一生に一度くらいは同じ感激を共有できる時が来るのではないか、と。

 そして、そのその想いが奇跡的にも叶ったのは、お慕い申し上げ始めてから19年後のことでした。漸く勝利の女神があなたに振り向いてくれました。どれ程の感激だったことでしょうか。あなたを思い続けて来た自分が誇らしくさえもありました。その時のキヨタは、それ以降のあなたを想い続けて見ている方が辛くなるとは予想だにしませんでした。少しずつ気持ちの変化でてきたのでしょうか、あなたへの気持ちが薄れてきました。その代りに2,3年前からあなたの他にも気を惹かれる相手が出て参りました。ただ、この気持ちの変化は今にして思えば、その根っこはこの勝利の直後から芽生えていたのかもしれません。それはこの勝利を境に、あなたを取り巻く環境やあなた自身が変わって行ったことにあるように思います。

 この勝利の頃から、世間ではあなたのファンが激増し始めました。キヨタにとってはライバル?の出現です。多くの人は、まるであなたのファンであることが時流に乗っていることの証しであり、流行の最先端を行っているような雰囲気ですらありました。そんな俄かファンに対し私は心の底から訴えかけたかった。「君たちは心の底からあなたを愛しているのか。君たちは、遠井吾郎を知っているのか。本屋敷錦吾の名前を聞いたことはあるか。掛布雅之の後楽園球場でのオールスター3連発を目の前で見たことがあるのか。立川澄人の六甲おろしを聞いたことがあるのか。そして♪今更ジロー♪という曲を聴いて上田次郎を思い起こせるのか。」と。苦節19年のあなたの姿を見ていた自分にとっては、この狂乱とも言えなくはないトラキチ達を苦々しくさえ感じていました。今まで心の奥に隠していた宝物が衆愚の目に晒された、と言っても大げさではない気分でした。

 ところが、流石にあなただけのことはありましたね。その次の勝利を得るまでには更に18年かかりました。一時は「♪振り向けば横浜」から「♪追いかけてヨコハマ」まで転落なされました。そうです、6人のグループの中で、何とあの横浜DeNAベイスターズ(かつては大洋ホエールズ、その後横浜ベイスターズ)と泥まみれの5,6位争いをしていた時期も続きました。その間に、あなたに背を向けて行った俄かトラキチも少なくはありませんでした。ただそんな時こそが9歳の時からの『阪神タイガース』ファンである私が、あなたを温かく見守ってあげるべきだと、そして残った人たちこそが本当のトラキチなんだ、と思っていました。

 しかし、ここ数年、タイガースへの思いが揺らいでいます。あなたは他球団からのFAや、大リーグ帰りの選手を加入させてチーム力をあげようとしています。その陰で生え抜きの中堅選手を他球団へ出したり、伸び代のある若手選手の出場機会を減らすようなことをし続けています。スタンドでは中村鋭一も知らない人たちの六甲おろしが響き渡っています。それを見ている間に、少しずつタイガースへの思いが薄れています。それでも、誰よりも、とまでは申しませんが、熱烈なファンの一人であることには違いありません。その証拠が冒頭の写真です。2005年吉田義男監督の下、5度目のセ・リーグ優勝を記念して作られたセラミック製のコースターです。日本全国1億2千万人の阪神ファンと言えども、このコースターを持っている人は私の他にいません(と断言できます)。何故ならこれはキヨタの手製だからです。ですが、2014年10月24日、日本プロ野球機構のドラフト会議で、広島の4位指名としてその人の名前が出て来たて大いに揺らいでいます。

 その名は、西原圭大投手。2006年春の選抜大会で春夏通じで甲子園初出場を果たした今治北高校のエースです。1回戦に勝利し校歌を甲子園に流しました。同年夏の愛媛県大会の決勝では現在西武ライオンズに所属する熊代選手がエースだった今治西高校に敗れ夏の甲子園は逃しましたが、大学進学後、そして都市対抗野球でも活躍しプロ選手への道が開けました。契約が成立すればキヨタの母校初のプロ野球選手になります(記憶間違いがなければ)。楽天のマー君や日ハムのハンカチ王子と同世代になります。25歳という年齢からすれば即戦力になれなければ厳しいかも知れません。これからが本当の勝負になるでしょう。

 そして私がこの歳になっての老いらくの恋の相手がコイ(鯉=カープ)になるのか、それとも糟糠の妻と自認するトラのままか…。行方はコースターだけが知っている?

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