スキー・ジャンプ部廃止

 なんだかなぁ、って感じ。国内大会とはいえ優勝した女子選手の所属していた企業のスキー・ジャンプ部が、それから一週間も経たない内に廃部されることになったそうです。それによって、その選手も含め所属していた男女3人の選手と1人のコーチが引退する、との報に接しました。このチームは1987年に創部されましたが、報道によると、『企業イメージ向上の役割は達成したと判断され、更なる効果を今後見込めないことからソチ五輪終了を契機に廃部を決めた』とのこと。日本のスポーツ界は、どうしても選手が所属したり支援される企業とは切り離せない所はありますが、「イメージ向上の役割は達成した」という廃部理由をストレートに伝えられては身も蓋もないような、ましてや今後の効果が見込めないなんて、切ない思いです。女性最年長現役ジャンパーの活躍は、まだまだ「これからでしょ!」と思うのですが。


 確かにスキー競技は他の競技と異なり、ユニフォームに企業名が出ることはありませんし、球技や駅伝の様に企業名が前面に出ることもありません。それを考えますとマイナーな競技でしょう。日本のスポーツは企業の広告塔と言う面から支えられていることは否めないと思います。この頃では、大学生や高校生までもが(特に駅伝や野球など)、学校名宣伝に一役買っているところもあります。それは決して悪いことではありません。スポーツ選手として活躍できる年数は限られているのですから、その中で燃焼するためには企業や学校の支援を受けて活動する場があることは、ある意味お互い様です。例えば、駅伝が将来のマラソンランナーを潰している、と言うことを耳にしますが、マラソンでオリンピックに出られるのは4年に一度、男女6人まで。それに対し、箱根駅伝は20チーム×10人、高校駅伝は47×7×2人が全国ネットのテレビに(瞬間的だったとしても)走る姿と名前が映し出されます(通常年の場合)。競技者としてのピークをどこに持って行くかは、人それぞれ。周囲があれこれ言うことでもないでしょう。

 それはさて置き、日本のスポーツ界は不況になると女性が強くなる、と言われていました。的を射ているかどうかは別としても。これも企業が日本のスポーツ界を支えている(いた)側面とも言われています。
 かって日本の企業の雇用形態は終身雇用が殆どでした。これは企業に所属するスポーツ選手も同じで、現役を引退しても正社員として企業に残ることができました。ところが不況になると企業にとっては引退後の選手を抱えているのが負担になってきました。選手は企業人として成長する時期に練習や試合などで多くの時間社業を離れてしまうので、引退後に社業に戻っても同年代の社員と比較すると業務面では劣ってしまい、不況下では引退後の選手の雇用を続けるのが難しくなって来たのです。また、リストラで社員が整理されていく中で、スポーツ選手だけ優遇するのは全社的にもマイナス面が出てくるようになりました。引退選手自らもそのような雰囲気の中で会社を去らざるを得なかった人もいます。そうかと言って、スポーツを支援している(広告塔にする)という姿勢を捨てることもできない企業は女性アスリートに目を付けました。女性選手は(性差別と批判されると思いますが)、現役引退後は企業に留まらなくても選べる別の道もあるので、男性社員を終身雇用するよりは経済的負担や人事的軋轢が少ない、との考えが広がって行ったようです。不況下では企業にとって女性のスポーツは恰好の『宣伝手段』でもあったのです。女性の社会進出を後押しするというイメージ造りも含めてです。
 勿論、このジャンパーの様に、純粋に競技に取り組んでいた女性一人ひとりの信念や力がなければ、今の様に女性が活躍できるようにはなっていなかったでしょう。マラソンも女人禁制だった頃、男装で走った女性もいたとか。そのような時期で頑張っていた女性たちが今を支えてくれていることには違いないはずです。
 今は、男子選手も、いわゆる「契約社員」と言う形で企業のユニフォームで走っている選手も少なくないようです。成績や年齢次第では契約打ち切り。将来の保証はありません。実業団選手だから、といって優遇されている訳ではないのですね。それを思うと、競技者としては高校・大学時代に燃焼しつくして終える人がいても不思議ではありません。この為、大学のスポーツ系の学部でも、セカンドキャリア=現役引退後の生活のための授業も多く取り入れられているそうです。その点では、本業がある市民アスリートの方が、むしろ経済的にも精神的にも環境に恵まれているのかも知れません。今回の冬季五輪で活躍した日本選手、特に若くて新しい種目に取り組んでいる選手は、企業もさることながら、ご家族や地元の方々の支えがあってこその結果だったように思います。

 ただ、スキージャンプとなると個人で続けるのは困難でしょうか。ましてやプロの道はないでしょうし。このまま引退されてしまうのかな。因みに、この会社のコーチは女性ジャンパーのご主人です。願わくは、二人三脚で競技に復帰した、というニュースを聞いてみたいものです。

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