このタイトルで書こうとしていた矢先、伊予の国・愛媛県が面する瀬戸内海を震源とした地震が発生しました。大きなは被害はなかったようで一安心ではあります。このブログでリンクさせていただいている「枯木チャリダー」さん。歩き遍路の道中です。2月19日に徳島の一番札所を出発、高知県を経て20日目の3月10日に愛媛県に入られました。そして24日目の早暁、地震に遭遇されたようです。それでも無事、続けておられるようです。

 愛媛と言う地名は、古事記の中にで来ます。イザナギとイザナミの国生み。最初に淡路島、そして2番目に伊予之二名島(四国)を生みました。この島は体一つに四つの顔があるのだそうで、その一つが愛比売(えひめ)。文字通り可愛らしい女の意。なお、土佐・高知県は建依別(たけよりわけ)で雄々しい男、讃岐・香川は飯依比古(いいよりひこ)で米を作る男と解されています。阿波(粟)・徳島は大宣都比売(おおげつひめ)で、食物を司る女神と言われています。同じ四国でもそれぞれ気候風土が異なります。愛媛出身の早坂暁さんのお母さんによると「明治維新の時もだが、四国では高知が旗を振り、愛媛はそれに付いて行くだけ。」だそうな。四国4県の中で、未だ総理大臣が出ていないのも、全国高校駅伝男子で入賞経験がないのも愛媛だけ。そんな愛媛ですが、『坂の上の雲』で知られる男性陣にも負けない愛すべき、そして哀しい明治生まれの女性もいました。

 一人は兵頭 精(ひょうどう ただし)。愛媛県南部に生まれ、今は高校野球で知れた済美高校の前身である済美女学校を卒業した後、家出同然で上京し、子供の頃から夢見た飛行士を目指しました。勿論、当時、そのような道を選ぶ女性は前代未聞。それでも大正11年、22歳の時に晴れて飛行免状を取得。日本人の女性飛行士第1号となり多いに賞賛され喝さいを浴びました。ところがそれから半年もたたない内に「駆け落ちをした女流飛行家」という烙印が兵頭に押されてします。同じ愛媛出身の男性と不倫し、あげく流産し姿をくらましてしまったのです。世の人の掌返し。いつの時代にも成功者にはつきまとっているのですね。

 もう一人は山田 敬(やまだ けい)。『立川文庫』をご存知の方も少なくなっていると思いますが、この『立川文庫』の生みの親です。今治にあった回漕問屋の跡取り娘だった山田は42歳の時に、大坂から巡業に来ていた一つ年下の好男子の講談師に一目ぼれ、何と夫と5人の子供を残し瀬戸内の島伝いに小舟で駆け落ちします。しかし不倫を咎められた講談師に仕事はなく、困窮した山田はこの講談師の口演を速記し本にしていったのだそうです。

 私は布団ひとつ背負って東京まで行った女性を知っています。このような明治生まれの姫には敵いません。平成の今も、地元や各地で活躍する愛しい媛は沢山います(勿論、不倫だとか駆け落ちなどには無縁な人たちばかりですよ)。
 
 そんな人を産み育んだ伊予の国の遍路道の傍らには、行き倒れたお遍路さんの小さなお墓があります。愛媛の俳人、高浜虚子は「道のべに 阿波の遍路の墓あはれ」という句を残しています。大きな商家の店先には幼子を残し立ち去る女性もいたとか(今の、赤ちゃんポストのようなものです)。
 『医者にも見放された難病を、お大師さまにすがって癒したいという人、死んだ親や子、夫、妻の供養を願う人、死を宣告され遍路みちで往生を願う人…が歩いた遍路みち。今は、その道を観光バスや自家用車が走り抜けて行きます。

※参考文献『花へんろ 夢の巻』 早坂 暁 著 (勉誠出版)

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