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子供の頃は、今治城を偲ばせるものはお堀と石垣しかありませんでした。本丸には吹揚神社があり、地元では「ふきあげさん」と呼び親しんでいました。

神社の石段には「魚仲買」、「魚問屋」と刻まれた物が残っています。瀬戸内の魚で生計を立てていた人が祈願していたのでしょう。
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神社の玉垣にも寄進者の名前が刻まれています。地元だけでなく京阪地方からの寄進者も多くいたようです。
一番面白かった人の名は、「金屋 武助」さん。お金で武士を助けた商人でしょうか? 時代劇の「お主も……。」というセリフが聞こえてきそうです。因みに吹揚神社が造営されたのは明治5年だそうですから、もしそうだとしたら江戸末期の頃の人でしょうか?
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こちらの方の住所は大阪東区になっています。因みに現在の大阪市には東区はなく、1989年に南区と合区され中央区になっています。
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天満屋さん。女子マラソンで知られる百貨店の天満屋の本社は岡山ですから、この天満屋さんとは関係はないのでしょう。
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客中問屋さん。客中というのは旅の用品を下していたのでしょうか。客中の意味が分かりませんでした。
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何某さんという、無名の方の名も多く刻まれています。匿名希望だったのか、地元の人たちの少しずつの寄進を集めた者なのか。寄進者の名前を見て歩くのも結構楽しかったです。
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本丸の西隅にある櫓というより倉庫。何だかお宝が眠っているようでないようで。
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本丸にある休憩所。子供の頃から続いていました。
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