春北斗 郷関を出て 40年

春北斗 郷関を出て 四十年

きっかけは↓
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今治は、かつて人口当たりの鶏肉の焼き鳥屋の数が日本一だったことから「ヤキトリ日本一宣言」をしました。その後、今治市は近隣町村と合併し人口が増えたため、今では日本一ではなくなっているようです。それでも、今治の焼き鳥には他の地域にはない特徴があります。それは、焼き方。普通焼き鳥は、串で刺して炭火の上で焼きます。ところが今治では鉄板の上に直接置いた鶏肉をコテで押し付けて焼きます。この焼き方だと、余分な脂が出てカリッと焼き上がります。どうして今治でこのような焼き方が広まったのか。よく言われるのが、今治の人はせっかちであるため、じっくり炭火で焼き上がるのを待てないから。また別の説では今治は造船の街で鉄板の調達が簡単だったから、とも言われています。さて、どちらが本当でしょうか。今治出身のキヨタは、自分の性格からはせっかち説、父の職業柄からは造船説?
 
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父の三回忌の前夜、今治市内にある焼き鳥屋で、たまたま隣に座っていた人との話のきっかけが、この梅酒でした。父も広島ファンで、お酒も好きでした。昨年あたりから、プロ野球セリーグの広島は女性ファンが急増、「カープ女子」なる言葉も広まりました。そのカープ女子会のメンバーが作った梅酒がカウンターに置かれていました。今治市内には高校野球の強豪校があり、甲子園にも何度も出場しています。市内や近隣の野球の上手い少年の多くはこの高校に進学しています。ですから市内にある他の高校は甲子園に出ることはおろか、県大会でもなかなか上位に進出できません。ことはできません。キヨタの出身校も弱小でした。かつては部員が9人揃わなかった時も。県大会でもほとんど1回戦負けでした。ところが2005年、秋の四国大会で準優勝。翌2006年の選抜大会で春夏通じて初めての甲子園出場を果たしました。2回戦で負け全国ベスト8は逃しましたが、あの甲子園で母校の校歌が流れるとは、在校当時には夢にも思いませんでした。
 その時のエースが社会人野球を経て昨年、広島カープに入団しました。序盤は何度か1軍でも登板したのですが、昨夏以降、ファーム暮らしが続いています。早いうちにまた1軍に戻って来るのを楽しみにしています。そのことがあったので、カウンターに置かれていたこの梅酒の容器を見た時、お店の女将さんとキヨタの出身校の話題になりました。
 すると、先に来て隣に座っていた男性もキヨタと同じ高校出身だった、と話題に加わりました。更に話を聞くと、私の2年先輩でテニス部に所属していたことが分かりました。キヨタは陸上部に所属していましたが、当時、校庭のテニスコートの脇には藤棚があり陸上部はその藤棚を溜まり場(否、集合場所)にしていました。ですから2年先輩のテニス部員とは必ず顔を合わせ言葉も交わしていたはずです。ただ、お互いの記憶にはありません。それでも、キヨタと同級生のテニス部員や、当時の先生の噂話に花が咲きました。特に運動会の騎馬戦で、その方は陸上部員に体操服を破られたことがあったそうで、キヨタは濡れ衣を着せられました。しかし、犯人はではありません。キヨタは騎馬戦では土台の役しか回って来ませんでしたから、騎馬の上に乗ったことはありません。ですから他の人の体操服を破ることはできないのです。ただ陸上部の1年先輩には気の荒い人がいたので、多分その先輩の仕業でしょう。そんな懐かしい話をしていると、なんと、そのお店の女将さんも同じ高校の20年以上の大先輩だったことも分かりました。狭い町での出会いです。

 「春北斗」。北斗星は季節によって位置を変えますが、春は北の位置にはっきり見えます。そして春の北斗七星は船の形に見えることから、船星と呼ぶ地域もあるそうです。キヨタの母校には「北」と言う名が付いています。それに因んで校章には北極星があしらわれています。校歌にも『理想に進む若き子を 星よ北斗よ しるべせよ』と詠われています。
 北極星は地球から見るとほぼ真北でほとんど動かない。従って太古より天測航行に際しては正確な測定点となります。北極星を見失わなければ自分の今いる位置と、これから進むべき方向を間違えることはないでしょう。
 そんな北斗を校歌に持つ母校を卒業。『男児、志を立て郷関を出ず(イズ) 学もし成らずんば 死すとも帰らず』などと、意気込み事もなく春盛りの郷里を離れて40年。何度か北斗を見失いながらも、ずっと今治は思い続けています。

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 そうそう、キヨタと同級生だったテニス部員だったR.A。2年先輩が「生きていたら、電話位してこい。」と言っていたよ。

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う〜ん、カープが出てきたことを割り引いても素敵なお話です。

いいですねぇ、あの素敵な今治に、時を共にした方々がいらっしゃるなんて。羨ましいです!今年はいけるかな、今治。

J.Aガビーさん
 コメントありがとうございます。
 狭い街なので、ばったり出会うということもあり、懐かしい話が出てくることも帰郷の楽しみの一つです。
 今夏、私たちは、東京の仲間と8月第2週末に帰る予定です。

甲子園、いいですね〜
私の出身校には夢のまた夢の存在でしたが、ラグビーの全国大会(花園)には1度だけですが出場したことがあります。出身校はかつては女子のみの分校で私の代が男子の1期生。私は友人に誘われてハンドボール部に入部、ラグビー部はそれこそ熱血先生(国学院久我山高校出身)の青春ドラマさながらの指導でメキメキ力をつけて卒業から4年?経って晴れの舞台に出場できました。当時、京都に住んでましたので花園まで応援に行きました。当時の部の顧問の先生やラグビー部の同級生が居て同窓会のようでした。対戦相手は名門・天理高校(この大会の優勝校)・・・大差での完封負けを覚悟しましたが、よく健闘して終了間際に1トライを奪った時はスタンド総立ちの大歓声でした。(結果は23-6)その時のキャプテンは明治大学に進学してあの「雪の早明戦」で先発に名を連ねました。

ドラフトで指名された投手もいますが一軍で投げる事なく今は地元球団で打撃投手を務めています。

オニヒトデさん、返信が遅れすみません。
コメントありがとうございます。高校時代の部活には深い思い入れがあります。たまに帰郷しますが、狭い街なので思わぬところで懐かしい人と出会ったりもします。母校は良い物ですね。
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努力は必ず報われるとは限りません。しかし、努力をしないと何も始まりません。いくつになっても努力を続けステップアップしていたいと思っています。

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