キヨタが高校在学当時、今治市内で野球部のある高校は4校でした。その4校が集まり、毎年、親善野球大会が開催されていました。5月だったと思います。新入生(新入部員)が入り7月の夏の甲子園の県予選が始まる前でした。毎年、対戦校を変えて2試合行われていました。ここまででしたら、何処にでもある部活動の一環としての近隣校による練習試合のようなものでしょう。ところが今治で行われたのは単に野球部同士だけの親善試合ではなく、各校とも学校行事として行われました。全校生徒が応援に駆け付け、市営球場に集ったのです。勿論、平日。授業を休んでの行事で、各校生徒の親善を野球を通して行うという意義があったようです。愛媛県内の他の市でも行われていたのかどうかは分かりませんが、私が大学や社会人になった時に県外の知人友人に尋ねてみても、少なくとも知人友人の住んでいた他の都道府県でこのように学校行事として親善野球試合が行われている所はありませんでした。
 実家の近所には甲子園に出る選手の家に幟が立てられる年も多く、子供心にも高校野球選手への憧れはありました。ただ小学校の野球部にも入部テストがあり、野球選手になりたくてもなれず他のスポーツに行かざるを得なかった子もいました。私もその一人です。
 また、夏の甲子園大会の県予選も1回戦から全校応援。当時の松山市営球場で試合がある時は学校前から貸し切りバスを連ねて行きました。私の在学していた高校は当時、県予選でもせいぜい3回戦止まり、3年生の時は1回戦敗退。そんな野球弱小校でも当たり前の応援風景でした。私が今住んでいる神奈川県も愛媛県に劣らない(むしろ近年では神奈川の方が優れているかな)高校野球のレベルと熱の高い所ですが、全校応援になるのは準決勝以降くらい。普通の公立高校の1、2回戦では野球部員の友達十数名、先生数名、後は部員の父母だけという応援席も珍しくありません。これにブラスバンド部員とチアリーダーが数名いればかなり目立った応援団になります。校旗も掲げられず、応援団長もおらず試合前後のエールの交換もなされない、という試合も少なくありません。それに比べますと、やはり今治は野球の街だった(過去形?)と、改めて感じます。今でも、親善野球大会は行われているのでしょうか。


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