今治市の来島海峡には小さな島が幾つかあります。その中の一つ、小島(おしま)は周囲3㎞ほどの、その名の通りの小さな島です。しかし、この小さな島には、日露戦争に備えた要塞が築かれていました。日本海海戦で日本が勝利したため、実戦でつかわれることはありませんでしたが、その要塞跡が残されています。北部、中部、そして南部。以前、北部と南部につきましては紹介させていただきましたが、一番大きくて、そして司令塔が造られていた中部はご紹介できませんでした。今回は、その中部要塞と司令塔跡のご案内です。

 小島へは渡るには渡船に乗ります。その渡船は、今治の北部にある波止浜(はしはま)と来島海峡に浮かぶ馬島を結んでいます。片道20分で一日10往復程度、運行されています。馬島はしまなみ海道の来島海峡大橋が通っており、市内から路線バスで島の頂上部近くにある馬島バスストップまで行き、船着き場まで降りて行けば渡船乗り場があります。波止浜へもバス便はあります。また、この渡船は自転車を載せてもらえますので、しまなみ海道サイクリングと組み合わせても面白いかと思います。航路の途中には、小島の他、村上水軍の砦があった来島(くるしま)にも立ち寄りますので、歴史散歩にもなります。

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小島の全景です。
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 さて、小島へ上陸しますと、先ず目に入るのが砲台のレプリカ。島の中を縫うように続く小道を10分ほど登ると中部要塞跡に着きます。ここには砲台跡の他、兵舎や倉庫跡が残されています。こんな小さな島によくもまあ、これだけの施設が造られたものだと思います。

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中部砲台跡の入り口です。

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これは、弾薬庫跡。
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円形になっている所に砲台が設置されていました。

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将校用の地下室。間口5m、奥行き10m程の広さです。
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 この要塞跡から更に高さ20m程の石段(写真左側に斜め左向きの木製の標があり、石段の下部が見えます)を上った島の頂に司令塔が造られていました。その様子は次回に。

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